私は高杉晋作

頭がおかしいと言う人が「頭がおかしい」

既得権益叩きをする人間の方がしばしば悪であると私が思う理由

約 7 分

あなたは「既得権益」という言葉を聞いてどういうイメージを持つだろうか?

 

おそらく完全悪だと思っている人が少なくないのではないだろうか。

そして既得権益はとにかく壊すべきだ。既得権益者は日本の癌だと思っているだろう。

 

 

しかし、多くの人を煽り立てる「既得権益だたき」をする人間の方が悪であるもしくは無知であることが少なくないということについて今日は少しだけ話したいと思う。

  1. 既得権益叩きをする人の最大の誤解
  2. 「既得権益」と呼ばれるものがなくなった時どうなるか
  3. 自分の見方を変えることができる1冊の名著

 

既得権益叩きをする人の最大の誤解

まず既得権益という言葉がなぜこれほどまでに我々に浸透しているかを振り返る必要がある。

 

 

結論から言うとこれは、最近のポピュリズム政治のベースとなっている概念であり、基本的に「既得権益」と呼ばれるものをでっち上げそれに攻撃を仕掛ければ権力を握れてしまう構図があるのだ。

 

 

これは、田中角栄なども行っていたが、私の感覚では小泉政権の時に最も功を奏した。

 

ワンフレーズポリティクスとも言われ彼は、郵便局や官僚を「改革に後ろ向きな悪の巣窟」「既得権益団体」と徹底的に攻撃を仕掛けた。

 

結果は、言わずもがな大勝利でその後権力を狙うものは民衆の圧倒的な支持を得るには既得権益をでっち上げて叩けばいいというのがとてつもなく浸透した。

 

 

 

ちなみに直近でそれに忠実だった代表例がこの前の小池百合子である。

 

他にも以下のようなものがあった。

 

  • 鳩山由紀夫による反官僚プロパガンダ
  • 橋下徹による大阪都構想
  • 河村たかしの減税日本

 

まるで紙芝居のような流れが用意されており「劇場型政治」とも言われている。

 

私の考えでは、確かに既得権益というのは過剰であれば抑制されるべきだと思う一方で、この既得権益だたきの方が悪だと考えている。

 

 

これをする人たちは多くの人が目を曇らされているのだ。

では、曇らせているものとは何かについて少しだけ書いていく。

 

 

 

これは一言で言えば、「功利主義のカテゴリー」のみで世の中を見てしまっていることが挙げられる。

 

どういうことかというと、本来人間の活動というのは「営利」だけで動くものではないはずなのだが、資本主義の生み出したカテゴリーが侵食を進めるにつれて、その見方でのみあらゆる価値判断をし始めているということである。

 

 

 

だからこそ「自由化」「規制緩和」「構造改革」「岩盤規制の破壊」「改革」という言葉が受けるのに対して、「保護する」「終身雇用制」などという言葉は無能なじじいが自分の懐を肥やすためだけに守っている不要なものというイメージが生まれてくる。

 

 

こういう人たちに対してカールポランニーは以下のように述べる。

経済主義的な偏見ほど、われわれの社会観を曇らせてしまうものはない。植民地問題においては、搾取が、常に問題の中心として論じられてきたから、このことには特に注意を払っておく必要がある。・・・・先住民社会の破局は、この犠牲となった側の社会において基本的諸制度が急速かつ徹底的に破壊されたことの直接的な結果である。このような諸制度の崩壊は、市場経済が全く異なる組織原理を持つ社会に対して強制されると言う事実そのものによるものである。

カールポランニー『大転換』

 

しかしながら、実態としては既得権益を叩いた結果巨悪に加担した例が少なくない。

郵政民営化などはまさにその典型例だった。

 

「既得権益」と呼ばれるものがなくなった時どうなるか

ちなみに既得権益を打破せよと言っている人は左翼と呼ばれる人を叩きながら「リアルポリティクスが欠如している」だなどというわけであるが、実は自由主義経済的な考えやイノベーションが必要だなどと騒いでいる連中ほどリアルポリティクスが欠如したものもない。

 

市場ユートピアを放棄することによって、われわれは社会の現実とまともに向き合うことになる。それは、一方を自由主義に、他方をファシズム及び社会主義に分かつ境界線である。ファシズムと社会主義の違いは、本来、経済的なものであはない。それは道徳的・宗教的な違いである。

カールポランニー『大転換』

 

 

これは、マルクスの『資本論』が批判されるところと似ているが、自由化をすれば競争原理が働き多くの人にとって幸福な社会が生まれるというのは嘘である。

 

常に何らかの既得権益というのは発生する。

 

 

マクロに述べると資本主義というのは中間共同体を筆頭とした個別に権益を持つものたちを駆逐することで誰かが権益を独占するものでしかない。

いかなる独占も存在しない場合、自由競争は資本主義と商業を発達させるだろう、と仮定してみよう。ところが、商業と資本主義の発達が急速であればあるほど、生産と資本の集中はますます強まる。そして、そのような集中が進めば、その結果として独占が出現する。しかも現実には、独占はすでに出現済みなのである。ほかならぬ自由競争を母体として!

ウラジミール・レーニン『帝国主義論』

 

レーニンが言っていることは左翼的などころか極めて現実的なことで既得権益を打破したらより強力な既得権益が出来上がると書いているのだ。

 

 

既得権益を叩けば、既得権益がなくなるというのは大嘘であり、いかにその既得権益を分離し抑制と均衡を働かせるかを考える政治の側の「規制」こそがむしろ今は必要なのだ。

 

自分の見方を変えることができる1冊の名著

私自身去年くらいまで、既得権益とは悪いものであり、それを叩いている人物は正義だと考えていた。

 

しかし、それは自分自身がいかにバカであったかをある一冊の本から知ることができた。

 

それはここで引用したカールポランニーの『大転換』である。

 

カールポラニーはこれまで正当な評価を得られていなかった識者であるが、リーマンショックなどで破綻したハイエク的な新自由主義の失敗を受けて改めて注目されるようになった。

 

 

いわゆる保護貿易や規制強化を重視し、それこそが最大公約数的に国民の自由を拡大できるという考えは極めて今の時代にいい処方箋だと考えている。

 

 

私を叩くのは構わないが、とりあえずカールポラニーを読んでいただきたい。

 

それでも「規制緩和」「既得権益は悪」「構造改革」が好きならばそれでいいであろう。

 

 

 

 

 

About The Author

高杉晋作
1992年日本生まれ。ハンナ・アレント、カールヤスパースを師と仰ぎ読書会をやっている青年。より多くの人に「言論活動」の場を広げることで「人間味ある世界」の再生を目指している。

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