私は高杉晋作

頭がおかしいと言う人が「頭がおかしい」

仕事における悩みが尽きない人に読んでほしいコラム

約 5 分

仕事がうまくいかないなあ」

仕事向いてないのかなあ」

仕事における悩みが尽きないなあ」

 

 

 

こういう人は結構いるだろう。

私自身このような悩みというのは持ったりするものだ。

 

 

で、あなたはこのような悩みを持った時にどのように対処するだろうか。

  • 友達に悩み相談?
  • 同僚に悩み相談?
  • 自己啓発書やビジネス書を読む?

 

 

いろいろあると思う。

今日は、そんな仕事における悩みが尽きない人向けにコラムを書かせていただいた。

  1. 悩みがない方がいいのか?
  2. 悩みとは何か?
  3. 悩みは解消すべきか?

 

悩みがない方がいいのか?

そもそも論になるが、あなたは悩みがない方がいいと思っていないだろうか?

 

別にこれは仕事に限ったことではなく、生きていく中で悩みがない方がいいとあなたは思っていないだろうか?

 

それについて私は意義を申し立てたい。

私の考えは悩みがあるということほど素晴らしいということはないというものだ。

 

 

それこそが自己が生きているということの証であり、それを失った時に「人間でない人間」になってしまうのだ。

 

ここで悩めるあなたに偉大な人物を紹介したい。彼は生涯を通して悩み続けた男だったと言ってもいい。

 

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ソクラテスである。

彼は、悩み続けたし、人々が悩みを解消しようとすることに「悩みを増やすような発言」を放り込むとんでもない人間だった。

 

彼は、悩むことを通して「善人」となろうとしたわけでもなければ「権力」をとろうとしたのでもなかった。

 

しかし、偉大なる善行者となるために吟味を始めたなどとは言わない。彼個人に関して言えば、言えることはただ一つ、思考が人を賢くしたり回答を与えたりすることがないにしても、思考なしの生は無意味だということである。

ハンナ・アレント『精神の生活 上 第一部 思考』

 

ここに書かれている内容というのは繰り返し読み検討することがある文章である。

悩みの中で行われる思考は別に人を賢者へと導くわけではないのだという。

 

 

しかしながら、その思考こそが人間の生に意味を与えているというのだ。

 

この言葉にいまいちピンとこない人がいるかもしれない。

その理由をズバリ指摘するとそれは「意味と目的の同一視」をあなたはしているということだ。

 

 

自らの行為の「意味」を「目的の完遂度」で図ろうと無意識にしていないか?ということだ。

 

近代世界においてますます深まりつつある無意味性を、おそらく何よりもはっきりと予示するのは意味と目的とのこうした同一視であろう。意味は行為の目的ではありえない。意味は、行為そのものが終わった後に人間の行いから必ず生まれてくるものである。

ハンナ・アレント『過去と未来の間』

 

意味は時に行為そのものが終わった後に生まれてくるというアーレントの述べる視点があなたには欠落していないだろうか。

 

功利主義のカテゴリーに毒されることで目的意外に意味がないと思うことはいいこともあるのかもしれないが、損もしていると私は個人的に思うのだ。

 

悩みとは何か?

こういうことを言ったところで、あなたは仕事の悩みを解消するために安っぽい心理学やビジネス書に手を出そうとしていないだろうか。

 

 

もう少しだけ話を聞いて欲しい。

あなたに私はソクラテスおきまりのパターンともなるある問いを投げかけたい。

 

それは、「そもそも悩みとは何か?」というものだ。

 

プラトンのソクラテス的対話篇においてまず最初に面食らうのは、それらがすべて難問に突き当たる性格のものだということである。議論の行き場がなくなってしまうか、あるいは堂々巡りになってしまう。正義が何であるかを知るためには、知るということが何であるかを知らなければならず、そうするためには吟味以前にあらかじめ地についての考えを持っていなければならない。

ハンナ・アレント『精神の生活 上 第一部 思考』

 

ここでアーレントが指摘しているのをこのケースに当てはめると「仕事の悩みが尽きない」⇨「そもそも悩みとは何か?」⇨「悩みを知る上で必須となるが「知る」とはそもそも何か?」

 

ソクラテスの文章を読んでいると笑いどころでもあるのだが、すべての議論が堂々巡りに持ち込まれる。

 

しかし、ソクラテスはそれを明示的にはしないもののこの「悩みを持っている姿」こそが人間であるということを我々に伝えようとしているのではないかということを改めて私はここで尺を取ってあなたにいま伝えようとしている。

 

悩みは解消すべきか?

 

ということで、仕事における悩みが尽きないコラムも終わりを迎えようとしているが、おそらくあなたが求めていたような回答はここまでで何も出されていないことに気づくだろう。

 

 

そしてこの末尾に近づいたからといって私はその回答を伝える予定はない。

 

よって持ってあなたに伝えたいことは「悩みとは解消してはならない」というものだ。

 

 

 

悩みを解消しなければ意味がないという人にヴィトゲンシュタインの思考実験を引用することでさらに対抗したい。

何のために思考するのだろうか。・・・思考が役に立つことを知ったから考えるのだろうか。考えるのが得だと考えたからだろうか。・・・役に立つということがわかったので子供を育てるのだろうか

ヴィトゲンシュタイン『哲学探究』

 

 

アーレント、ヴィトゲンシュタインともに警鐘と鳴らすのは「意味と目的の同一視」である。

 

 

この構造から抜け出すことがある種悩みがもたらす苦しみを和らげるものとなるとも言える。

 

悩み自体を「自らが生きている意味」と捉えられるかというところが、明日からのあなたの毎日に一つのエッセンスとなれば幸いである。

 

 

おもしろきことなき世を面白く

 

 

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