私は高杉晋作

頭がおかしいと言う人が「頭がおかしい」

結局人生がつらい時ってどうしたらいいの?

約 6 分

人生つらい

 

私は毎日のように感じている。

ただ、どうも私だけでもないらしい。

 

 

口には出さずとも周囲には結構いるようで、2chなんかはこれだけですごい数のスレッドが立っている。

 

 

 

今日は、人生つらい時というのはどうすればいいのかということを私は様々な読書を通じて改めて考えてみた。

 

 

我々のような人生つらいと感じるだけのものに救いはあるのかを今日は私の思考の形跡をメモとして残したい。

 

  1. 人生がつらいものは敗残者か?
  2. 人生がつらいとはなんなのか?
  3. 人生がつらい人に読んで欲しい本

 

 

人生がつらいものは敗残者か?

人生つらいということを考察するにあたっては、まずもって人生が楽しい人や人生が充実していると考えている人に目を向けなくてはならない。

 

 

人生を楽しんでいる人や人生が充実している人と聞いてどういう人物を思い浮かべるだろうか。

  • 恋人がいる人
  • 結婚している人
  • お金を持っている人
  • 会社の社長
  • 仕事で出世している人
  • 家族を持っている人

 

いろいろあるであろう。

それ故にこれらの人物を一言で定義することは困難である。

 

一方で、人生つらい状況にある人というのはどういう人たちか?

  • ニート
  • 会社をリストラされた人
  • もてない人
  • フリーター
  • 仕事が激務な人

 

 

こちらも一言では定義しえないものであることはお分かり頂けよう。

で、ここからが本題なのだが、真に人生が絶望的である人というのはどういう状況かを考え指摘した思想家がいる。

 

 

それは、セーレン・キルケゴールである。

 

キルケゴールは、人生に絶望する我々に以下のような言葉を投げかける。

自分が絶望していると思ったり感じたりしない者は誰でも実際にも絶望していないのだと考え、自分は絶望していると自分で言うものだけが絶望しているのだと考える通俗的な考察が正しいなどということはありえない。

セーレン・キルケゴール『死に至る病』

 

 

キルケゴールの言葉を咀嚼すると「絶望している」という我々が一概に「絶望的状況」とは限らず、一方で、「絶望していない」と言う人間が「絶望的でない状況」とは言えないということなのである。

 

では、キルケゴールが我々にとって真に絶望的な状況とはどういう状況と述べたか。

むしろその逆に、自分は絶望していると、なんのよそおいもなく言う者の方が、絶望していると人からも見られず自分でそう思わないすべてのものよりも、すこしばかり、弁証法的に一歩だけ、治癒にちかづいているのである。けれども、・・・・大抵の人間が、自分が精神として規定されていることを十分に自覚することなしに生きているということこそ普通のことなのである。。。

セーレン・キルケゴール『死に至る病』

 

キルケゴールにとって「自己の危機」「自己破壊」「自己脱却」と呼ばれる状況こそ最も危険であると考えた。

 

これは、つまり、人生つらいと考えたのちに自分自身を見失なっている状況を指すのである。

 

つらいという感覚がある段階では、真に絶望的ではないのだと彼は力強く伝えるわけだが、ここには私も強く賛同しているところである。

 

人生がつらいとはなんなのか?

ここで、私は人生つらいとは何かについて言及することとしたい。

 

 

 

結論から言おう。

 

これは、「生きているということ」に他ならないと私は考えている。

 

つまり、このつらいという状況や苦しいという状況こそ、我々が自己自身を生きているというまぎれもない証拠だということである。

 

 

 

これと同様のことをソクラテスは我が身を持って示したとアーレントは述べる。

 

しかし、偉大なる善行者となるために吟味を始めたなどとは言わない。彼個人に関して言えば、言えることはただ一つ、思考が人を賢くしたり回答を与えたりすることがないにしても、思考なしの生は無意味だということである。ソクラテスがやったことの意味は行為そのものにある。言い方を変えれば次のようになる。思考するということと十全に生きていることは同じであり、それ故思考は常に新たに始まらなければならないものである。

ハンナ・アーレント『精神の生活』

 

ソクラテスは思考をし、問いを出すことで自らを苦しめるという一見無意味な行為に生涯を通じて身を捧げた。

 

 

 

プラトンが書いた彼の登場著作を読むと彼は何がしたいのかとついつい考えてしまう。

 

 

しかし、これは近代が生み出した「意味と目的の同一視」に他ならない。

 

 

 

つまり、その質問は無意味で、「思考すること自体」が自らの人生を生きることだと彼は示そうとしたのだ。

 

 

 

人生がつらい人に改めてここで言えるのは、そこで思考をやめ、自ら自身であることをやめることは人生の生を無意味にする危険な引き金であると言うことである。

 

 

自らであることをやめなければそれはまだ希望が残されている。

 

 

人生がつらい人に読んで欲しい本

人生つらい人向けに本を紹介するブログというのは山ほどある。

 

 

 

メンタリズムであったり、セラピーであったりといろいろある。

ただ、それらのどれもが「思考を放棄すること」を推奨するチンケなアカデミズムであることが少なくない。

 

 

 

 

そこで、私は人生つらい人に読んで欲しい本をここで改めて紹介することとする。

 

 

 

まずもって断っておくとあなたを楽にする本ではない。

むしろ気分を暗くさせるものである可能性は否定できない。

 

 

しかしながら、現前の絶望的状況に対して「つらい」と正常に反応しているあなたを破壊しようとする本よりどれほど意味のあるものかは読めばわかるだろう。

 

 

 キルケゴール『死に至る病』

 

死にいたる病 (ちくま学芸文庫)posted with ヨメレバ

セーレン キルケゴール 筑摩書房 1996-06

 

 

彼の結末たるや参考にならないことこの上ないが、彼が捉えた世界の諸相は現代を予言していたものに他ならない。人生がつらい人にはまず現代がどういう状況かを語るキルケゴールに教えを乞うてはいかがか。

 

 

ジャンヴァティスタヴィーコ『学問の方法』 

 

 

Leave A Reply

*
*
* (公開されません)