私は高杉晋作

頭がおかしいと言う人が「頭がおかしい」

「20代でうつ病かも」と思う人に読んで欲しい記事

約 6 分

社会人3年目に突然休職をしたあの人

入社2ヶ月目でうつ病と診断されたあの人

また一人会社でうつ病の人が出たというような会社にいる人

 

 

そういった人に本記事は読んでいただければと思っている。

うつ病というと体力的には元気のある20代には無縁であると学生時代の私は考えていた。

 

 

しかし、どうもそうではないことを社会人になって知った。

しかも、私の想像を超える頻度と数で20代うつ病は量産されていた。

 

  

 

もはや私も最近自分のことをうつ病ではないかと疑っているくらい多発している。

 

 

 

今日は20代うつ病にかかっている人やうつ病かもしれないと自分自身を疑っている人に少しでもヒントとなるような文章を書かせていただいた。

 

  1. 20代でうつ病になる人が蝕まれているあるステレオタイプ
  2. うつ病の治療法にメンタルケアは逆効果
  3. うつ病の治療法

 

1.20代でうつ病になる人が蝕まれているあるステレオタイプ

別に今うつ病の20代の方を否定するつもりで書くわけではないのだが、「うつ病」に蝕まれる人はあるステレオタイプに蝕まれていると私は考えている。(私も蝕まれている。)

 

 

 

そのステレオタイプというのは、「自分の捉える世界に対する紛れもない自信」である。

小難し言い方をすると「自分はステレオタイプに蝕まれることなく世界を見ているというステレオタイプ」に蝕まれているということである。

 

 

これが何故うつ病につながるのかはもうお分かりいただけるだろう。

 

 

「私が世界に適応できないということは自分がおかしいからではないか?」というとんでもない問いが生まれるのである。

 

一言で言えば、「もっぱら疑わしいのは自分自身」という状況に追い込まれるのだ。

これこそがうつ病の始まりだ。

  

・・・従って究極的な現実の危険などには、全然心を悩まされないで、「内的事象」へ逃避していることである。しかしその場所で、せいぜい可能なことといえば、内省だけであり、活動や変化は望むべくもないのである。

ハンナ・アレント『政治の約束』

 

アレントに私がここで驚かされるのは、内省がもっぱら賞賛されるこの世の中で、内省では(良い方への)変化は望めないと断言しているところである。

 

はじめは、とても理解できないものであったが、その「理解できなさ」こそ自らがあまりにステレオタイプにひたっていることを示していることに気づいたのはそれから少し経ってのことだった。

 

 

 

2.うつ病の治療法にメンタルケアは逆効果

ここでは、「自分の方が疑わしい」となった時に、人間はどうするか(どうすることを強いられるか)という話に移ろう。

 

 

結論から言うことにしよう。

 

それは、「外的な標準」に自分を当て込もうとする(強いられる)のだ。

ここで、いよいよ私も含めた20代の人々に本当の危機が迫る。

 

近代世界における標準の破綻・・・は、しばしば私たちの時代に固有のニヒリズム・・・すなわち、人間が判断すると期待され得るのは彼が標準を所持しているの場合に限られるし、それゆえ判断能力とは、・・・誰もが同意している一般的原理内の適所に、正確に割り当てる能力のことに過ぎないのであると。

ハンナ・アレント『政治の約束』

 

上に記載の「標準」というのは、「うつ病の治療法」(メンタルケア)と世間的には言われているものだ。

 

 

「治療」というと聞こえはいいが、本質は「破壊」である。

 

 

私が思うに、「メンタルケア」の正体とは「適応させようとするほど適応できなくなるアポリアを抱える爆弾」に他ならない。

 

 

 

これが分かりにくくなっているのは、近代が「同一化運動」を「心理学」というラベルをつけこの危機を隠蔽したからだ。

こういうことを書いている私が悪者に見えるほどにメンタリズムは正義の代名詞だ。

 

 

 

  

もちろんあなたの言い分は分かる。

心理学が人々を「救済した」と錯覚することもあるだろう。

 

 

しかし、それが、「2+2=5」と言わせることであることをあなたは考慮しているだろうか。

 

 

誤解を恐れずに言えば、

 

「心理学」を基盤としたメンタルケアとはその結果の如何にかかわらず全体主義運動なのである。

 

「治療」という名の「破壊」である。 

 

3.うつ病の治療法

最後にここまでの内容を整理しつつ、うつ病の治療法について書いていきたい。

 

まず20代でうつ病になる人とは、作り出された「標準」から逸脱した人である。

その人が本当の意味で、「正気かどうか」とは全くもって関係がない。

 

 

ただ、「標準」からして「客観的に」正気ではないと判断されているのである。

 

 

こういった世界にあって「自ら自体」に自信がなくなってきている人に私が言いたいことは以下である。 

 

 

「内的事象に退避し自ら自体を変えなくてはならない」というステレオタイプに気づけということだ。

そこで問題となるのは、ステレオタイプの性格と、それを使いこなすわれわれの融通のきかない馬鹿正直さである。

ウォルター・リップマン『世論』

 

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「心理学」という「権威」が「正しいかどうか」は全くもって疑問を持つべきなのである。

 

  

「カウンセリング」や「メンタルケア」は善意からあなたを治療しようとする。

それ故に非常にタチが悪い。

 

 

ただ、善意が「善」につながるわけではないというのは言うまでもなかろう。

 

なぜなら今日のいかなる善意も、明日の善意を決して保証するものではないからである。

ハンナ・アレント『政治の約束』

 

 

そういった中で、最後にうつ病に苦しむ人に是非してもらいたいことを書きたい。

 

 

 

それは「語ること」である。

人間は「語ること」により「単一の標準」から抜け出し、「自らの複数性(uniquness)」を表すことができる。

 

つまり言論と活動は、人間が、物理的な対象としてではなく、人間として、相互に現れる様式である。・・・人間である以上止めることができないのが、この創始であり、人間を人間たらしめるのもこの創始である。

ハンナ・アレント『人間の条件』 

 

これこそが、うつ病の治療において最も重要な方法である。

 

この自らの表出は、「労働」のように「人に代わりにしてもらう」ということはできない。自分自身でやるしかないものである。

 

 

それ故に、あなた自身がまずは「言論活動」に繰り出す決意をしてみて欲しいのだ。

 

 

面白きことなき世をおもしろく

 

 

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