私は高杉晋作

頭がおかしいと言う人が「頭がおかしい」

【コラム】幸せになる方法とはー幸福についてー

約 8 分

「おててのしわとしわを合わせて幸せ

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になれるらしい。本当だろうか?

 

あなたも今やってみてほしい。

幸せになれただろうか?

 

 

 

 

いうまでもなく難しかろう。

 

 

幸せになりたい」そう多くの人が願う。

 そして、幸せになる方法を探し求める。

 

 

 

 

しかしながら、幾つもの壁が立ちはだかる。

なぜ我々は不幸になったのか?

 

 

 今日は、日頃同じ境遇にある私が考える幸福論を展開したいと思う。

 

 

そこにはあなたの期待するようなものは何もないかもしれないということをあらかじめ伝えておきたい。それでも構わない人だけ読んでほしい。

 

  1. 幸せ(幸福)とは何か
  2. 幸せになる方法とは何か
  3. 多くの人を不幸にして成り立つのが現代社会

 

1.幸せ(幸福)とは何か

 本題に入る前に、まず幸せとは何かということを考える人々について話さなくてはならない。

 

 

この人たちというのは概ね今の状況に退屈しきっているということを私は想像する。

 

 

というのも、人間は当座にいるときにそのことに考えを巡らすことは極めて稀有だからだ。逆の地点にいると考えるからこそ、その事柄に対して哲学をする。

 

 

ショーペンハウエルが『幸福について』で述べた下記の言葉はまさに今の私の心を言い当てている。

社交よ芝居よ遠足よ娯楽よと、いかにひっきりなしに目先が変わっても、死ぬほど辛い退屈はどうにも凌ぎがつかない。

アルトゥール・ショーペンハウエル『幸福について』

 

あなたも同じ境遇ではないだろうか。

 

 

そんな中ショーペンハウエルは幸福について以下のように述べる。

したがって、人生の幸福にとっては、われわれのあり方、すなわち人柄こそ、文句無しに第一の要件であり、最も本質的に重要なもの・・・

アルトゥール・ショーペンハウエル『幸福について』

 

私は概ねこれに同意する。

外的な刺激にさらされるだけでは真に幸福であると全く感じられない。

 

 

スマホ、ライン、SNS、住居、服、家具、「友達」という幻想、、、

 

私は、あらゆるものを所有することを辞めた時に気付いた。

 

 

今失って困るものは一つもないということに。

そして、同時にショーペンハウエルが言った「人柄」はいくら蓄えようとも決して人から収奪もされなければ故障することもないというところは特に強く同意できるところであった。

 

 

ただ、注意すべきは、物やらなんやらを捨てれば幸せになるというわけではないということである。

勘違いミニマリストが自らを幸せということがあるがそれはあまり賛同できない。

 

あくまで不幸を感じにくくなるだけだ。

だからこうした安楽は、なくなると極めて苦痛に感じられるのに、あったところでそれほど楽しくないものとなったのであり、これを所有していても幸福ではなく、所有していないと不幸になるのである。

ジャン・ジャック・ルソー『人間不平等起源論』

 

幸せになるには、「物欲」の脱却を超え、もう一段階やらなくてはならないことがあるのである。

 

2.幸せになる方法とは何か

ショーペンハウエルは、(幸福の追求にあたり)俗世間を嫌悪し個人的世界への引きこもりに向かうという手段をとったのだが、これは半分正解で半分誤謬である。

 

こういうわけで、偉大な精神は、世間で行うことになるような対話よりも、しばしば独語の方を好むものである。

アルトゥール・ショーペンハウエル『知性について』

 

ショーペンハウエルは、「独り語り」による自らの完成を目指したのだが、「精神面の充実」を「内面を見つめること」のみにおいて達成しようとしたところは誤りであった。

 

まあショーペンハウエルが天才すぎて他の人間と会話するレベルを超越していたのかもしれないが、、、

 

 

ただ、「独語」「内面を見つめること」だけでは、真に精神的横溢を獲得することはできない。このあたりはセネカ、ニーチェなども含めると多くの哲学者の誤りであった。

 

 

これを唯一疑った偉人がいた。

それはキケロという天才だ。

 

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 このブログでは何度か紹介してきたが、彼はそれほど世間的には知名度が高くないらしい。

 

とりあえずアレントが述べるキケロの偉大さを以下に引用しよう。

唯一の例外はまたしてもキケロである。彼はローマでの膨大な政治的経験から「実践的生活」よりも「観照的生活」を上位に置くことの妥当性を、共同体よりも独居を優位に考えることの妥当性を、疑ったのである。

ハンナ・アレント『政治の約束』

 

ここで「観照的生活」と書かれているのがいわゆる「独り語り」であり、「自分との対話」と言われるものである。

 

 

奇しくも多くの天才と呼ばれる人たちが「独り語り」に生活の優先順位を求めた。

 

 

しかしながら、唯一キケロだけは、この「独り語り」が「実践的生活」を超えるということに対して疑問を持ちそれに反対し続けたとアレントは述べているのだ。

*ここの「実践的生活」という言葉は解釈が難しいところだが、キケロが弁論家であることを想定するならば「言論活動を社会において営むこと」であると考えて間違いではないと思っている。

 

 

キケロは、なぜこのような疑いを持ったのか?

 

 

それは人間が生活面において何も困らなくなった場合に、「あらゆる仕事を放棄して認識の世界に入っていく」ということはありえないと考えたからだ。

 

 

逆に必ず社会的結合(実践的生活)に舞い戻ると考えた。

もしすべてわれわれの生存と生活に必要なものが、あたかも伝説の魔法の杖にでもよるように供給されるなら、優れた天賦の人はみなあらゆる仕事を放棄して認識と知識に没頭するであろう、というのは誤っている。決してそうではない。従って人間の社会的な結合を守って力があるすべての義務は、当然、単に認識と知識に由来する義務より上位に置かれなくてはならない。

キケロ『義務について』

 

なぜそう考えたのかというのはキケロは明言していないが、それについてはアレントが補ってくれている。 

言葉と行為によって私たちは自分自身を人間世界の中に挿入する。そしてこの挿入は、第二の誕生に似ており、そこで私たちは自分のオリジナルな肉体的外形の赤裸々な事実を確証し、それを自分に引き受ける。

ハンナ・アレント『人間の条件』

 

人間の「誕生」は肉体的にである第一の誕生しか考えられないことがほとんどであるが、「人間世界」における誕生を言論によって為すことこそ真に人間としての誕生があると考えたのだ。(キケロもそうであろう)

 

 

 

キケロやアレントの分析の偉大さというのは、「自己の確立」という哲学的営為は「内省や独り語り」だけではなく、「他者との言論活動」においてなされると考えたところにある。

活動praxisは、思考(thought)の反意語などでは全くなくて、リアルな真の思考の媒体だったのであり、政治は、哲学的威厳など微塵も帯びていないというのでは決してなくて、本質的に哲学的唯一の活動力だったのである。

ハンナ・アレント『政治の約束』 

  

 

いろいろ話してきたがずいぶんと話が逸れたような印象を与えてしまうかもしれない。

しかし、この話に人間の幸せになる方法が明確に書かれていることに気づいて欲しい。

 

 

つまり、人間は、独居だけでは必ず行き詰まるということである。

 

そして、言論活動を通じて、自らが誰であるかを示せなければ「人間世界に誕生している」という幸福感を感じることはできないということなのだ。

 

*かくいうショーペンハウエルもセネカも自らの考えを言語として残すということをしていた。あれほど「独居」にこだわるのであれば、彼らの作品は今この場にないはずなのだ。

 

3.多くの人を不幸にして成り立つのが現代社会

ルソーが「人の不幸に自分の利益を見出す」と文明人を表したが、このおかしな社会についてマルクスも以下のように述べている。

しかし、スミスによれば、多数の人が苦しむ社会はしあわせな社会ではないはずなのに、最も豊かな社会状態でも大多数の人は苦しみ、しかも国民経済は(一般に、私的利害を追求する社会は)もっとも豊かな状態へと向かうのだから、社会の不幸が国民経済の目的だということになる。

カール・マルクス『経済学・哲学草稿』

 

功利主義的イデオロギーとは、「豊か」を「社会的」な部分において定義したあまりにお粗末なものなのだが、ここまで浸透すると抜け出すことは容易ではない。

 

 

功利主義的世界観においては、ここまで述べてきた「社会的価値」が低い「言論活動」というのは極めてその優先順位が下へと押しやられる。

  

 

つまり、マルクスが述べたように、自らを不幸にして、社会を「豊か」にしているのが現代の諸相なのである。

 

 

ただ、アレントの考えた「社会」や「世界」というものは「個々の人間の複数性(差異)」にこそあった。これは、言論活動によってのみ成就される。

 

 

どうも時代は今正反対の方向に進んでしまっているということになる。

ただ、いかに難しかろうとも我々は諦めてはならない。

 

 

それこそが、自らも救うと同時に多くの人も救済する数少ない手段なのだから。

 

 

面白き事なき世をおもしろく

 

 

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