私は高杉晋作

頭がおかしいと言う人が「頭がおかしい」

【コラム】『7つの習慣』を批判的にまとめてみた

約 9 分

7つの習慣

 

という書籍をご存知だろうか?

全世界で何千万という販売を記録したスティーヴン・コーヴィーの著書で何回も改訂版が出されたり文庫版に焼きなおされたりとドル箱の本とも言えるほどに人気のビジネス書である。

 

 

 

「一番売れている」ビジネス書といってもよく、「好きな本は?」と聞いて『金持ち父さん』同様によく上がってくる本だ。

 

 

 

私は、ビジネス書は読まないが、今回は「長年人気のある本」という事で何か新しい発見を求め、研究の意味も込めて読ませていただいた。

 

 

結論から言うと私の想定の範囲内であったが「現代の病を象徴化した本」であった。

 

 

今日は、『7つの習慣』を読んだことがない人もわかるように概要をまとめつつどこが「病気」なのかを書いていきたい。

 

7つの習慣が好きな人からすれば不快で耐え難い文章であることをあらかじめ断っておく。だから、くだらないと思った人は、「この天邪鬼が!」と中傷して離脱してくれればいい。

 

  1. インサイドアウトという誤謬
  2. 第一の習慣で「砂漠へ順応」、第四の習慣で「錯乱」・・
  3. 真に偉大な人物とは何か

 

1.インサイドアウトという誤謬

まずは、『7つの習慣』の最初を見ていこう。

 

実は、この最初の部分で出てくる「インサイドアウト」という考えでコーヴィーは決定的な過ちを犯している。

 

最初を間違えているのだから、後の細かな部分はそれほど重要ではないというのが私の考えである。

 

コーヴィーは以下のように最初の方で断言する。

 

私たちは世界をあるがままに見ているのではなく、私たちのあるがままに世界を見ている・・・

スティーヴン・コーヴィー『7つの習慣』

 

『7つの習慣』は「世界はまともであって、自分に降りかかっている問題は例外なく自分のせいである」というところから始まる。

 

 

これを「インサイドアウト」という呼称で著者は呼ぶのだが、「すべての問題は自分の外にあり、自分がうまくいくためには周囲を変えていく必要がある」という「アウトサイドイン」の考え方と対立させている。

 

 

この『7つの習慣』の根幹でもあるインサイドアウトは、コーヴィーが、直近200年ほどの「成功者」と呼ばれる人間達の言葉を遡ることで出した結論だ。

 

 

これが事実なら病はあまりに長く我々を蝕んでいると言わざるをえない。

 

というのも、仮に、コーヴィーが直近200年の「成功者」をもとにこの『7つの習慣』をまとめているならば、直近200年の「成功者」はすべて泥沼にはまっているとここで言わなくてはならないからだ。

 

 

 

「自己革新」「自己啓発」というのは現代において泣きたくなるほどに流行っているが、それは何度も言うように「病気」である。

 

「どうしようもないじゃないですか」彼は泣きながら言った。「目の前に見えるものを消しようがありません。二足す二は四です」

 

「時には、ウィンストン、時にはだが、それが五になることもあるのだよ。三になるときもある。四と五と三に同時になる場合だってある。君はもっと真剣に頑張らないといけない。正気になるのは難しいのだ。・・・」

ジョージ・オーウェル『1984』

 

確かに「自己革新」「自己啓発」が必要なケースというのは多々ある。

ただ、あなたが「2+2=4」と述べているのに、周囲が「2+2=5」だと言っていることだってあるのだ。

 

 

 

コーヴィーの考えの根底には、どうもこの世界に対する全幅の信頼がある。

彼は、周りが「2+2=5」だと言おうものなら「2+2=5」だと言い始めるような人間である。

 

 

 

私の『7つの習慣』批判はアレントの以下の言葉に集約されている。

 

心理学は私たちを「救済」しようとするのだろうが、それは心理学が、私たちがそうした情況に「順応」する手助けをして、私たちの唯一の希望を、つまり砂漠に生きてはいるが砂漠の民ではない私たちが砂漠を人間的な世界に変えることができるという希望を、奪い去ってしまうということを意味しているのだ。

ハンナ・アレント『政治の約束』

 

目の前に砂漠がある。

それを前にして「その砂漠でどのように生きていくか(成功するか)」というのが『7つの習慣』の問題提起である。もう問いの出し方を誤った以上、答えを考えても仕方がない。

 

 

 

コーヴィーは200年ではなく、もっと遡るべきであった。

*確かにアリストテレスなどの引用もあるが、それはついでのようなものでしかない。

 

小ネタ

多くのネットワークビジネスで『7つの習慣』が聖典のようにして読まれていることをご存知だろうか?『金持ち父さん』は有名だが、このコーヴィーの著書もまた大人気なのだ。

 

 

「成功者」は『7つの習慣』を必ず読むように伝える。

読まなければネットワークビジネスでは成功できないとまで言うのだ。

なぜかわかるだろうか?

 

 

それは、明快で、「仕組みがこれだけいいのにうまくいかないのは君がクズだからだ」という主張がまっとうなものとして受け入れさせることができるからである。

 

 

私は、『7つの習慣』に傾倒している人は全員ネットワークビジネスの勧誘の場に行けばいいと思っている。そうすれば、確実にこの本の恐ろしさがわかることを言わせていただきたい。

 

2.第一の習慣で「砂漠へ順応」第四の習慣で「錯乱」

第一の習慣を完遂すれば「砂漠への順応」は完了し、錯乱状態の中で第四の習慣を始め自滅するというのが『7つの習慣』の世界一わかりやすいあらすじだと思っている。

 

ちなみに未読の読者のためにいうと、第一の習慣というのは、「主体的である」という意識高い系の人間が好きそうな言葉で始まる。以下はその具体的な内容だ。

(ウィキがよくまとまってたのでそのまま転載している)

第一の習慣・主体的である(Habit 1 Be Proactive)[編集]

  • 自分の身に起こることに対して自分がどういう態度を示し行動するかは、自らで決めることができる。
  • 問題解決に向け率先してことを行う。
  • 自分の身の周りのことに対して、自分が動かされるのではなく、自分が周りの環境に作用を及ぼす。
  • 自分がコントロールできないことでなく、自分がコントロールできる、影響を及ぼすことができる事柄に集中する。
  • より良いものを持つのではなく、自分がより良くなる。
  • 失敗したときに、自分の間違いを認め修正をはかる。

7つの習慣 – Wikipedia *黒字は私が実施

 

「自分を積極的に変えていく」

 

「なんていいことを言っているんだろうか」と多くの読者が感動するポイントなのだが、これは既に述べた通り「功利主義」が作り出す砂漠へと足を突っ込んでいることは言うまでもない。もうその問題点はこれ以上は置いておこう。

 

 

 

さてここでは、第一、*第二、第三で「私的成功」(砂漠への順応)をした人間がどうなるかを第四の習慣を見ることで考えてみよう。

*第二・第三の習慣は第一の習慣で囚われた泥沼からの派生なので深くは触れない。興味があれば読んでいただければと思う。

 

 

 

第四の習慣は「公的成功」を目指すために始まるのだが、最初に行うのが、「Win-Winを考える」である。

 

 

錯乱状態もここまで来たかと感心するばかりだ。

この上なく「素晴らしい」言葉なのだが、我々はこの欺瞞に騙されてはいけないと考えている。

 

 

あなたは心の底から「自分がかかわる人は幸せになれる」と考える人間だろうか?

コーヴィーは頭の中がとんでもないお花畑であったと私は考えている。

すべての人間関係において、必ずお互いの利益になる結果を見つけようとする考え方と姿勢である・・・

スティーヴンコーヴィー『7つの習慣』

 

砂漠に順応した彼にとってはこれが「まっとう」な考えなのだが、錯乱状態である。

あなたもこの言葉を読んで反吐が出なければ相当頭の中にお花が咲いている。

 

 

ここで、カーが、第一次世界大戦終了後のアメリカやイギリスの「帝国主義的考え方」を以下のように非難しているのだが、ここの一部を『7つの習慣』に置き換えてみるとまさに今回の私が書いていることと全く同じになるので紹介したい。()が追記部分

 

イギリスやアメリカの責任ある政治家たち(スティーヴン・コーヴィー)は、あたかも世界の国々の間には利益自然講和が存在するかのように、今もなおよく発言している。

 

すなわち、イギリスあるいはアメリカ(スティーヴン・コーヴィー)にとって経済的に利益になることは、他国に取っても経済的利益になるのであり、したがって道義的にも好ましいのだ、というわけである。

 ほとんどの人(『7つの習慣』にはまる人々)は、階級間の対立と同様、国家間(個人間)の対立が真の犠牲無くしては解決できない、ということを未だに認めようとはしない。

E・H・カー『危機の二十年』

 

「すべての人を幸せにする仕組みはある」というのはお門違いもいいところで、『7つの習慣』が好きな人間は『危機の二十年』を2万回は写経するべきだ。

 

公的成功も最初で錯乱しているのだから、この後はさらに錯乱を深める以外何もない。

 

3.真に偉大な人物とは何か?

 『7つの習慣』が好きな人の多さを考えると相当数の人間をここまでで私は敵に回してきたに違いない。

 

以前オススメ本を紹介するために多くのブロガーの記事を参考にしたが、大概が『7つの習慣』をあげていたので、夜も眠れないほどだ。

 

 

ただ、誤解があると思うので、一つ断っておきたい。

「内省」「自己変革」「功利主義」のすべてを否定しているのではない。

 

「内省」「自己変革」「功利主義」の妥当性を盲信し、リスクを見誤ってはいけないということを私は伝えたかったのだ。

 

 

コーヴィーは「人生の正しい生き方」に対するの結論を出そうとした。

そして、多くの偉人に学んだ。

 

しかし、いくら筆を進めてもデカルトの生み出した「自我」の偏見や近代が生み出した「功利主義」の偏見から逃れることはできなかった。

 

 

彼はアウグスティヌスやゲーテ、カントを「成功者」とは考えなかった。

 

今求められるは「内省し、成功を目指す」人間ではなく、「人間味ある世界をあきらめない」人間たちではなかろうか?

 

面白き事なき世をおもしろく

 

 

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