私は高杉晋作

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私は高杉晋作

頭がおかしいと言う人が「頭がおかしい」

【コラム】『思考は現実化する』を批判的にまとめてみた

成功哲学の聖典と聞いて何を思いつくだろうか?

 

  • カーネギーの『道は開ける』
  • スティーヴン・コーヴィー『7つの習慣』
  • ロバートキヨサキ『金持ち父さん 貧乏父さん』

 

これらと並んで、ロングセラーであり続けているのがナポレオン・ヒルの『思考は現実化する』である。

読んだことがなくても名前くらいは聞いたことあるであろう。

 

アマゾンでも大分評価の高い本で、ビジネス書オススメは?と聞いたら多くのアフィリエイトブロガーがこちらの書籍をあげている。

 

 

 
しかしながら、私は前回の『7つの習慣』に続いて今回はこのナポレオン・ヒル『思考は現実化する』を批判的にまとめさせていただいた。

 

 
「あまのじゃく」と言われるであろうが、近代以降の成功哲学には共通する病がこの『思考は現実化する』にも表れているのだ。

 

私の野望は、この病を食い止めること。

 

これら成功哲学を「良い」とみなすことは「終わりの始まり」となりうることを今日はお話しさせて頂く。

  1. 『思考は現実化する』のあらすじ
  2. 『思考は現実化する』が他ビジネス書ベストセラーに共通する病
  3. その偏見に気づき評価する冷静さが求められる

 

 

1.『思考は現実化する』のあらすじ

ナポレオンヒル『思考は現実化する』は666ページにわたる長編のためここにあらすじを真剣に書き始めるとそれだけで記事が終わってしまう。

 

それ故に、本題に入る前に共通理解を作ることを目的とし、簡単な概要だけまとめさせていただいた

 

 

コアな部分がわかれば、海外のビジネス書というのは結構繰り返しが多いので、特に理解には差し支えないと思う。

 

抜けている部分があればコメントでも頂ければと。

 

 

まずこのタイトル『思考は現実化する』にも表れているが、この本のメッセージは「正しい思考をしそれを実行に移すことで、あなたは必ず成功できる」というものである。

 

 

で、「正しい思考をしそれを実行に移す」とは何たるかをナポレオンヒル『思考は現実化する』の中で主に述べているのである。

 

 

では、「正しい思考をしそれを実行に移す」とはなんなのかというとこれは一言で言えば今や当たり前となっているPDCAの事である。

 

 

 

まずは「計画(目標)」を具体的・明確に設定し、それに向けて日々実行していく。

そしてそれを評価し、改善を続けていくということである。

 

 

「当たり前やん」と現代人からすると思ってしまうであろう。

 

 

まとめてみるとあまりにシンプルだが、この当たり前が中々簡単にできるものではないということで、この書籍が今も売れ続けているのであろう。

 

 

その他の大部分というのはうまくいかない時に自分に浮かんでくる邪念といかに戦うかや失敗した時の向き合い方などがナポレオンヒルの体験をもとに書かれている。

 

 

 

2.『思考は現実化する』と他ビジネス書ベストセラーに共通する病

 

私のような人間がナポレオンヒルに物申すのも恐縮だが、『思考は現実化する』というのは先ほども述べたように別に目新しいことを書いているわけではない。

 

 

ただ、「目新しくない」ということは別に「悪い」というコンテクストでの言及ではない。

 

 

それほどまでにあらゆる現代のビジネス書やビジネスマンの思考に影響を与えている一冊ということであり、この本の影響力の大きいことを認めないわけにはいかないということなのである。

 

 

 

さて、私はここから『思考は現実化する』を辛口で批判していくわけだが、これは他の巷のビジネス書に見られる成功哲学にも共通することなので、個別の問題ではないということを繰り返し伝えておきたい。

 

 

さて本題に入ろう。

突然だが、こちらの2名の哲学者をご存知だろうか?

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上がデカルトで下がホップズである。

 

この二人は近代以降の思想哲学に最も影響を与えた人物である。

学校の公民や現代社会ではまず出てきた記憶がある人も多いであろう。

 

 

教科書ではその偉大さの一部すらも伝わっていないが、彼らほどに近代以降の人間が何たるかを分析し、的中させていた人間はいない。

デカルトと同じようにホッブズの場合も、「主要な推進力は懐疑であった。」そして自然の術によって「神が世界を造り、統治する」ように、人間が自分自身の世界を造り、支配する「人間の術」を確立するのに選ばれた方法は、やはり内省であり、「自分の内部を読むこと」である。

ハンナ・アレント『人間の条件』

 

ここで押さえるべきポイントは1つである。

 

それは、ニーチェが「神は死んだ」と述べたように、近代以降は「神」ではなく、「人間」があらゆる物事を統治をするようになったということである。

 

そしてその統治は「内省」を推進力としていたのだ。

ホップズは『リヴァイアサン』で以下のように述べている。

人間の思考や感情は相互に似通っている。それを手がかりにすれば良い。すなわち、まず自分自身の内面を見つめることである。そして、自分自身の思考・推論・期待・恐怖が究極的に何を意味しているのか、また、何に根ざしているのか、それを考察するがよい。

ホップズ『リヴァイアサン』

 

デカルトもホッブズ同様自らの内面を見つめる事を何よりも重視した。

 

 我々は内省による形而上学的なものの喪失と引き換えに経済的な成功(物の豊かさ)を獲得した。

 

 

実は、この当たり前のことを個人レベルに落とし込んだのが、ナポレオンヒルだったり、ドラッガーだったり、スティーヴンコーヴィーだったりするのだ。

 

 

ではこの近代的思考が何故問題なのかというと、あらゆる物事を「内省」によって対処し、自らの変化でもって常に世界と向き合うところにある。

 

「習慣」「心理学」

 

こういったアカデミズムが今や日常的に我々に手に取られる世の中であるが、これはすべてデカルトやホップズが予言した偏見に蝕まれているのである。

現代心理学は砂漠の心理学である。・・・私たちは、もし砂漠の生活という情況下で生きていけないとしたら、それは私たち自身に何か問題があるからなのではないかと考え始める。

ハンナ・アレント『政治の約束』

 

 

3.その偏見に気づき評価する冷静さが求められる

 

近代以降のあらゆる哲学のほとんどに限らず、人々は「内省」により(自らを変えることにより)世界と向き合ってきた。

 

 

しかし、世界というのは個人の「内省」ではなく、人と人との対話によってできていると考えていた偉人も数少ないがいる。

 

それが先ほどのハンナ・アレント、アウグスティヌス、ソクラテス、そして最もそれが顕著だったのがキケロだ。

 

・・・・従って反対に、もしすべてわれわれの生存と生活に必要なものが、あたかも伝説の魔法の杖にでもよるように供給されるなら、優れた天賦の人はみなあらゆる仕事を放棄して認識と知識に没頭するであろう、というのは誤っている。決してそうではない。従って人間の社会的な結合を守って力があるすべての義務は、当然、単に認識と知識に由来する義務より上位に置かれなくてはならない。

キケロ『義務について』

 

あなたはニーチェ同様にこの世界が人と人とのあらゆる関係性が崩れ落ちた砂漠であると気づいているはずだ。だが、その砂漠に順応しようとしている。

 

その一つの行動が『思考は現実化する』を読みそれを実践するという愚行である。

あなたの向上心は、あなたを取り返しのつかない状態にしうるということを伝えてこの文章を終わりとしたい。

 

 

おもしろき事なき世を面白く