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2017年に社会人が読んでおくべきおすすめの本15冊

約 16 分

私はよく本を読んだり読書会をやったりしていることから「おすすめの本」は何かということを社会人の人から度々質問を受ける。

 

 

そこで、ブログでは何回か「おすすめの本」を紹介してきたが、2016年も終わりに近いということで、社会人であれば読んでおくべき本について今年度の決定版をご紹介したい。

 

 

まず、あらかじめ断っておくが、「社会人」だからと言って「ビジネス書」と呼ばれるものを紹介するわけではないので注意頂きたい。

 

 

私が紹介するのはビジネス書でも、自己啓発でもなく「良書」だけである。

 

 

「良書ってどうせお前の主観だろ。」という人向けにあらかじめショーペンハウエルの言葉を紹介しておきたい。

 

彼らの作品の特徴を、とやかく論ずる必要はない。良書とだけいえば、誰にでも通ずる作品である。このような作品だけが、真に我々を育て、我々を啓発する。

ショーペンハウエル『読書について』

 

 

「良書」、つまりおすすめの本とは、「良書」とだけ言えば伝わるものだと言って良い。これは、2017年に社会人が必読の本である。

 

ご紹介するのは以下15冊である。

 

  1. ショーペン・ハウエル『読書について』
  2. ハンナ・アレント『全体主義の起源』
  3. エーリッヒ・フロム『愛するということ』
  4. エティエンヌ・ド・ラ・ボエシ『自発的隷従論』
  5. エマニュエル・カント『啓蒙とは何か』
  6. ウラジミール・レーニン『帝国主義論』
  7. ジャン・ジャック・ルソー『人間不平等起源論』
  8. シモーヌ・ヴェイユ『自由と社会的抑圧』
  9. アレクシ・ド・トックビル『アメリカのデモクラシー』
  10. アンリ・ベルクソン『物質と記憶』
  11. 小林秀雄『読書について』
  12. 山本七平『空気の研究』
  13. 九鬼周造『いきの構造』
  14. 井上章一『美人論』
  15. 丸山眞男『日本の思想』

 

 

ショーペン・ハウエル『読書について』

 

 

まず、どうしても読んでもらいたい本があるのだ。

それは、このショーペンハウエルの『読書について』である。

 

昨今「速読」「情報収集」のための読書があまりに流行っており、今こそ、この本が必要である。

 

読書は他人にものを考えてもらうことである。本を読む我々は、他人の考えた過程を反復的にたどるにすぎない。・・・だから読書の際には、ものを考える苦労はほとんどない。・・・・ほとんどまる一日を多読に費やす勤勉な人間は、次第に自分で者を考える力を失っていく。

ショーペンハウエル『読書について』

 

 

最近はやりの「速読」などはまさにこのショーペンハウエルが諌めた行為をしている。

 

他人が考えた知識をろくに自分の頭で思考することなく、「わかった」と考え湯水のように本を読み進めるのだ。

 

ただ、こう言った人間たちを「読書家」「インテリ」と世間がもてはやしてしまっている実情があるゆえにこの傾向はしばらく止まりそうもない。

 

だからこそ、少しでも多くの人にこの危うさに気づいてもらう意味でもこの本はおすすめなのだ。

 

「良書」だけに絞り、自分自身で考え抜かなくてはならないという単純明快な結論ではあるが、そこまでのショーペンハウエルの思考プロセスが、人にものをとても考えさせる文章なのだ。

 

 

社会人の読書家で手に負えないタイプの人間を私は多く見てきただけにこの本の重要性はいくら叫んでも足りない。1月1日に読むことをおすすめする。

 

 

ハンナ・アレント『全体主義の起源』

 

 

「全体主義」と聞いて何を思い浮かべるだろうか?
ヒトラー?
スターリン?
ムッソリーニ?

確かにこれらは全体主義と呼ばれる統治形態をとった。この本でも紹介されている。

 

 

ただ、私がこの本をお勧めするのは、「歴史のお勉強」をするためではない。

 

 

「今生きているこの世界」がハンナ・アレントの述べた内容とあまりに近似しているという事実を知るとともに、現代社会の凄惨たる状況に早く気づくきっかけを得られると思うからである。

 

精鋭組織とその殺人行為が果たすべき任務というのは、運動全体を外部世界から・・孤立させ、すべてのメンバーに対し正常性への復帰の道を可能な限り閉ざしてしまうことなのである。
ハンナ・アレント『全体主義の起源』

 

 

社会人必読は「金持ち父さん」や神田昌典、「7つの習慣」よりも前に「全体主義の起源」である。この本で書かれていることは「今眼の前で起こっていること」である。

 

 

自分の習慣や自分の夢を考えることは大事だが、周りが砂漠であることに気づくことの方がより重要なのである。

 

エーリッヒ・フロム『愛するということ』

 

 

我々が最も求めているものとはなんだろうか?


地位
名誉

 

 

いろいろあると思う。それらを求めることを否定はしない。

 

ただ、我々は何にも増して「愛」を求めているということをこの本を通して感じてもらいたいのだ。

 

上にあげたような経済的なステータスも結局は他者からの「愛」を求めているというところに収斂する場合がほとんどであるし、人間は何にも増して「一人でいるという感覚」を恐れ、「他者からの温もり」(愛)を求めている。

 

 

ただ、フロムは「愛されたい」という感情を戒めた。

なぜなら、その気持ちを持つと皮肉にも人から愛されないからだ。

 

人間が最も求めていたはずの「愛」について今見つめることで、人間としての「まっとうさ」を取り戻さなくてはならない。

 

 現代文明は、人々がそうした孤独に気づかないように、様々な鎮痛剤を提供している。それはまず第一に、制度化された機械的な仕事の、厳密に決められた手順である。これがあるために、人々は、自分の最も根本的な人間的欲求、すなわち超越と合一への憧れに気づかない。しかし、機械的な仕事だけでは孤独を克服することができないので、娯楽までが画一化され、人々は娯楽産業の提供する音也映像を受動的に消費しているさらには、次から次へとものを買い込み、すぐにそれを他人と交換したりして、孤独を紛らわそうとする。

エーリッヒ・フロム『愛するということ』

 

 ワンランク上の難易度ではあるが、アウグスティヌスの『告白』は合わせておすすめしたい。

 

エティエンヌ・ド・ラ・ボエシ『自発的隷従論』

 

 

この本は、「10代の人間が書いた」という前提になった場合、その知性の鋭さに誰もが驚愕することは間違いない。

誰もが「付き従うこと」を口では嫌がっていながら、自分から進んで「隷従」しに行くこの不思議についてのラ・ボエシの洞察は目を通さずにはいられない。

 

たしかに、人はまず最初に、力によって強制されたり、うち負かされたりして隷従する。だが、のちに現れる人々は、悔いもなく隷従するし、先人たちが強制されて成したことを、進んで行うようになる。
エティエンヌ・ド・ラ・ボエシ『自発的隷従論』

 

隷従論は色々他にもあるが、他におすすめできるとすれば、ミルグラムスタンレーの『隷従の心理』である。

 

こちらは人間が隷従する心理を社会学の実験を通して見せた著書である。読みやすさでいうとこちらの方が上かもしれない。

 

エマニュエル・カント『啓蒙とは何か』 

 

 

近代哲学の系譜をになった三人を挙げよと言われた際に、あげなくてはいけないのが、
デカルト・ニーチェとこのカントである。

カントの著作は、『純粋理性批判』『実践理性批判』など長編のものが多い。
それゆえに多くの人が及び腰になっている哲学者の一人である。

だが、この『啓蒙とは何か』はカントの中でもかなり短く、かつ読みやすさが抜けている本である。

ほとんどの人間は、自然においてはすでに成年に達していて、他人の指導を求める年齢ではなくなっているというのに、死ぬまで他人の指示を仰ぎたいと思っているのである。また他方では厚かましくも他人の後見人と僭称したがる人々も跡を絶たない。その原因は人間の怠慢と臆病にある。
エマニュエル・カント『啓蒙とは何か』

 

それでいて内容は充実しているので、おすすめである。
この著書を読み終えたのちカントの著書の柱に読み移ればいいかもしれない。

『実践理性批判』『道徳形而上学の根拠づけ』は合わせて読んでおきたい。 

 

ウラジミール・レーニン『帝国主義論』

 

 

私が、マルクスやレーニンを読んでいるという話を書くだけで「左翼!」「共産主義がうまくいかなかったことくらい教科書で勉強しましょうね」といった中傷を受けることがある。

ただ、そういう反応をする時点でマルクスやレーニンを読んでいない「馬鹿」であると自白しているのはいうまでもなく、「自称コメンテーター」たちに私は危うさを感じずにはいられない。

マルクスもレーニンも資本主義の問題点を早期に発見した極めて高い洞察力の持ち主であり、そこに学びを得ることがどこに左翼であろうか?

確かに、彼らの理論は実践する過程でうまくいかなかったことは否めないが、そこまでに彼らが費やしたものが一切否定されることがあってはならない。

ちなみにマルクスの『資本論』をおすすめしても良かったのだが、あまりに量が多いのでまずはレーニンを読んだ方が気楽かと思いこちらでは上げさせていただいている。

 

いかなる独占も存在しない場合、自由競争は資本主義と商業を発達させるだろう、と仮定してみよう。ところが、商業と資本主義の発達が急速であればあるほど、生産と資本の集中はますます強まる。そして、そのような集中が進めば、その結果として独占が出現する。しかも現実には、独占はすでに出現済みなのである。ほかならぬ自由競争を母体として!
ウラジミール・レーニン『帝国主義論』 

 

ジャン・ジャック・ルソー『人間不平等起源論』

 

 

『社会契約論』『エミール』『孤独な散歩者の夢想』『人間不平等起源論』

多作でありながらその多くがすべて「良書」と言える人物はそれほど歴史上にも多くない。

このルソーという天才は、政治、法、哲学含め多くの面で圧倒的な洞察力を持っていた。近代哲学において中心的な役割を担ったカントが最も影響を受けたのもこのルソーである。

で、今回私が取り上げる『人間不平等起源論』は、「文明を進むにつれて豊かになっていく」という我々の認識が極めて愚かであることを教えてくれる稀有な書だ。

もちろん他にも見所はあるが、まずは、この文明社会に生きる自分たちを省みる手段として読んでいただくことがおすすめである。
だからこうした安楽は、なくなると極めて苦痛に感じられるのに、あったところでそれほど楽しくないものとなったのであり、これを所有していても幸福ではなく、所有していないと不幸になるのである。

ジャン=ジャック・ルソー『人間不平等起源論』

 

シモーヌ・ヴェイユ『自由と社会的抑圧』

 

 

ヴェイユは女流哲学者として私がアレントと並べて敬意を表する「天才」である。

著者の感受性は鋭く、特に「働く」ということにおける彼女の「痛み」を感じながら書き起こされた文章は何度目を通しても飽きない。

彼女の描写は工場労働者を想定した少し前の時代という印象を持たなくもないが、その核心部分は今の時代でも当てはまることがあまりに多い。

 

種々の労働において決定を下すものが、この上ない痛みや苦しみや危険を切実に感じないばかりか、それらのなんたるかを知ることすらない状況におかれる一方で、そうした決定を実行に移し労苦をひきうける者が、いっさいの選択の余地なく、多少なりとも偽装された死の厳しい威嚇に恒常的にさらされる・・・

シモーヌ・ヴェイユ『自由と社会的抑圧』

 

ヴェイユが描く理想の世界観とはあまりにかけ離れた現代社会の病理を社会人は目に焼き付けるべきである。

 

ヴェイユの思想は『根をもつこと』も併せて読むことでより明快になる。 

 

アレクシ・ド・トックビル『アメリカのデモクラシー』

 

 

タイトルからしていかにも興味がそそられないとあなたは思ったかもしれない。
しかし、中を読んでいけば、この書籍の素晴らしさはすぐにわかる。

どうも最近は、「一流の〜」「金持ちになるには〜」「成功者は・・」といったタイトルだけに力を入れた本があまりに多い。

その読書の仕方からしてまず私は改めてはどうかと思う。
この著書は、民主主義的な考え方(みんなは平等という意識)の危険性を極めてわかりやすく書いてくれている。

政治家に限らず、社会人生活でも無意識に行う民主主義的発想の戒めにこの発想は欠かせない。

・・皆同じだからこそ、人々は公衆の判断にほとんど無限の信用を置くことになる。なぜなら、誰もが似たような知識水準である以上、心理が最大多数の側にないとは思えないからである。

アレクシ・ド・トックビル『アメリカのデモクラシー』

 

 

アンリ・ベルクソン『物質と記憶』

 

 

この中では比較的難解な部類に入る書物であるが、是非ベルクソンという人間が考察した「人間とは何か」を知ってもらいたい。

我々の知覚やら認識というものに対して新しい風を吹かせてくれる。

我々は、「脳で物事を記憶している」と考えているが、ベルクソンはそれに異を唱える。「脳」すらもイメージの一つでしかないのだという。

では、我々はどのようにして知覚を行ったり、想起したりしているのか?
それは是非本著を読んでみてほしい。

まず言っておきたいことは、記憶すなわち過去のイメージ群の残存をわれわれが想起するとき、これら過去のイメージ群はわれわれの現在の知覚と絶えず混じり合い、ときにはそれに置き換わることもあるということだなぜなら、過去のイメージ群が保持されているのは、それが何かの役に立つからである。過去のイメージ群は、常に、現在の経験を補足し、現在の経験を過去の経験によって豊かにしているからである。

アンリ・ベルクソン『物質と記憶』

 

  

小林秀雄『読書について』

 

 

私が、ショーペンハウエルの『読書について』と同じくらい読書論について社会人におすすめしたいのが、この小林秀雄の『読書について』である。

小林もまた人々に良書を読むことを勧めている。

「いいものを見続けていれば直感的に悪いものがすぐにわかるようになる」

この言葉はこれだけ作品が溢れる世の中において読書をするものがまず心得ておくべきことではなかろうか。

質屋の主人が小僧の鑑賞眼教育に、先ず一流品ばかりを毎日見せることから始めるのを方とする、ということを何かで読んだが、いいものばかり見慣れていると悪いものがすぐ見える、この逆は困難だ。

小林秀雄『読書について』

 

 

社会人がまず平積みに手を出す前に読んでみるべき一冊である。

 

  

山本七平『空気の研究』

 

山本七平さんは『日本人とは何か』というタイトルの名著を持っているが、その名の通りすべての本において「日本人とは何か」を生涯にわたって研究し続けた。

彼の作品をたくさん読んだが、日本人の「空気」で決める文化を分析したこの本は目から鱗であった。

・・・もし日本が、再び破滅へと突入していくなら、それを突入させていくものは戦艦大和の場合のごとく「空気」であり、破滅の後にもし名目的責任者がその理由を問われたら、同じように「あの時は、ああせざるをえなかった」と答えるであろうと思う。

山本七平『空気の研究』

 

 

個人的にはこういうのこそ社会人がビジネスにおいて活用できる「ビジネス書」だと思っている。

 

あなたは今日も何らかの「空気」によって意思決定を無意識にしていたかもしれない。

「空気読めよ」という言葉の暴力をこの本で知ろう。

 

 

九鬼周造『いきの構造』

 

 

「あのお姉さん。いきだよね」

こういう言葉を最近は少し聞く機会が減ったかもしれないが、それでもたまに聞く。
九鬼周造の本を読むまで、あまり気にもとめていなかったが、日本人にとって「いきだねえ」という言葉は長い歴史の中でほめ言葉としてしばしば使われていたようだ。

ただ、「いき」って何よ?

となってしまうのだが、それを言語化したのが、今述べた九鬼周造である。

「いき」に該当する語が西洋にないという事実は、西洋文化にあっては「いき」という意識現象が一定の意味として民族的存在のうちに場所を持っていない証拠である。

九鬼周造『いきの構造』

 

 

日本人独特の「ほめ言葉」を学ぶ中で、日本人はどのようなものを「良い」と感じるのかが見えてくる。

我々は「美しい」と感じるものとは何かを知りたい人におすすめである。
ちなみにマンガもある。

 

 

井上章一『美人論』

 

 

男がみんな大好き「美人」について論じられた本である。

 

「男はどうして面食いになったのか」

「美人は性格が悪いという偏見はどうしてできたのか」

「美人はどうして社会的地位を獲得したのか」

問いすらも思いつかないくらい我々にとって当たり前とされていることに次々に答えていく本である。

「面食いであることが悪いのかいいのか」を悩む社会人や「女性に対する社会の建前と本音」がきになる人にオススメの一冊である。

 

現代のたてまえには、二つの趨勢がある。一つは、美人だとか不美人だなどという問題を、論じさせないようにする方向。そしていまひとつは、すべての女を美人だとする発言のみを、許容する方向。この二つである。
井上章一『美人論』

丸山眞男『日本の思想』

 

最後の一冊であるが、これは山本七平『日本人とは何か』とあわせて必読だと思う本だ。

我々は、日本人でありながら学校で日本人とは何かを学ばない。
だから、外国人以上に自分の国のことを知らない。

それでは、グローバル社会を生き残れないと私は考えている。

英語が話せなきゃダメだ。
海外に行かなきゃダメだ。

そういった大前研一や勝間和代のようなタイプのビジネス書ばかり読み漁っている人にオススメの一冊である。

日本人が無意識的にとらわれている「思想」の正体を知った上で、海外に飛び出してはいかがだろうか?

逆に、自分が「捉われている」ことを痛切に意識し、自分の「偏向」性をいつも見つめている者は、なんとかして、よりの自由に物事を認識し判断したいという努力をすることによって、相対的に自由になりうるチャンスに恵まれてることになります。

丸山眞男『日本の思想』あとがきより

 

 

 

以上長くなったが、15冊上げさせてもらった。

少しでも興味があるものを1冊でもお読みいただければ役に立つことはお約束したい。

 

なぜなら、これは「良書」だからである。

これ以上に説明の方法がない。

 

おすすめの15冊からより多くの良書に出会っていただければと思う。

 

おもしろきことなき世を面白く

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