私は高杉晋作

頭がおかしいと言う人が「頭がおかしい」

【コラム】ブログで紹介される「20代で読むべき本」は本当に読むべきなのか?

約 9 分

20代読むべき本は何ですか?」

20代読むべきだったと思う本を教えてください」

20代におすすめの本を教えてください」

 

 

そういう話を私自身読書会をやっている身分からかよく問い合わせを受ける。

その時いつも私は幾つか本を勧める。

 

『ゲーテとの対話』『全体主義の起源』『アメリカのデモクラシー』・・・

 

 

 

ただ、釈然としない反応をされる。

 

「金持ちになるには・・・」「・・・がすぐできる勉強法」「一流のビジネスマンは・・・」

 

そういう「わかりやすい」本を勧めてくれると期待したのだろう。

最低限ドラッガーやカーネギーを期待していたのだろうか。

 

 

 

まあその期待に応えられていない事にはいつも申し訳ない思いをする。

 

 

 

もしかすると私が勉強不足だからなのか?

 

 

そう思った私は「20代読むべき本」として世の中の人はどのような本を上げているのか調べてみることにした。

 

具体的には「おすすめ本」「20代読むべき本」を冠する100記事閲覧した。

 

 

なかなか骨が折れた。

 

 

ただ、クローリングしてわかったことがある。

 

繰り返し挙げられている本及び著者がいるのだ。

 

 

今日は、巷で挙げられている「20代読むべき本」を列挙した上で、その「20代読むべき本」を読む20代が気をつけるべきことについて考えてみた。

 

1.「20代で読むべき本」の記事を書くブロガーたちが多くあげる本

当初は、一つずつカウントすることも考えたが、さすがにストレスがたまるので途中で頓挫した。

 

そのルーズさをご容赦していただいた上で、「めっちゃよく紹介されてる」「結構紹介されている」「まあまあ紹介されている」の順に合計十冊あげたい。

 

あとそれを紹介するのが趣旨ではないので、詳細書きになる人はアマゾンで勝手に調べて欲しい。

 

1.めっちゃよく紹介されている本

1位 スティーヴンコーヴィー『7つの習慣』

f:id:zyunn14641:20161126180033j:plain

間違いなくダントツ一位である。

体感としては100サイト中70前後のサイトが上げていた。私も驚きを隠せなかった。

 

それくらい20代読むべき本なのだろうか。

 

2位ロバートキヨサキ『金持ち父さん貧乏父さん』

f:id:zyunn14641:20161117205458j:plain

こちらはだいたい45〜50くらいのサイトが上げていた。

結構なマスコミのホームページでも列挙されるくらい定評のある本らしい。

 

3位本田直之『レバレッジリーディング』

f:id:zyunn14641:20161126180717j:plain

単独では20くらいのサイトで紹介されていた。

ただ、『ノマドライフ』『7つの制約に縛られない生き方』を含めると著者としては100サイト中60前後はある気がした。

 

4位;岸見一郎『嫌われる勇気』

f:id:zyunn14641:20161126181057j:plain

最近では最も売れたアドラー心理学の本で本屋で見かけた人も多いのではなかろうか。

こちらは20サイトくらいで紹介されていた。

 

2.まあまあ紹介されている本

5位;『人を動かす』カーネギー

f:id:zyunn14641:20161126181254j:plain

カーネギーというとおそらく名前くらいはみんな知っているだろう。

こちらを15サイトくらいで目撃した。

ただ、『道は開ける』と票を割っている印象があった。

 

合わせると30近くあるであろう。

6位;水野敬也『夢をかなえるゾウ』

f:id:zyunn14641:20161126181408j:plain

夢をかなえるゾウはカーネギーと同じくらい(15くらいのサイト)で挙げられていた。

特徴としては多くの本を列挙しつつこの本は特に20代読むべき本という念押しが見られたところだ。

7位;伊賀泰代『採用基準』

f:id:zyunn14641:20161126181631j:plain

 

みんな大好き元マッキンゼーの方が書いた本だ。

総数は10くらいだが、ちきりんとしての出版物も入れると著者としては本田直之さんの次くらいに多い印象。

 

3.まあまあ紹介されている本

8位;本田健『ユダヤ人大富豪の教え』

f:id:zyunn14641:20161126181856j:plain

 

この人も『20代にしておきたい17のこと』などと票別れが見られた。

 

ただ、20代が読むべき本としてブロガーがあげる著者しては3番手4番手に食い込んでくるすごい方だ。

 

9;堀江貴文『ゼロ』

f:id:zyunn14641:20161126182107j:plain

20代に人気の堀江さんの代表作。

最近の刊行物の中ではムショから出た話題性もあり結構な部数を売り上げた本だ。

 

 

10、アービンジャー インスティチュート『自分の「箱」から脱出する方法』

f:id:zyunn14641:20161126182411j:plain

これは10程度のサイトが取り上げていた。

ランキングにある著書の中で唯一読んだことがないものだったのでコメントしようがない。

 

 

それ以外に複数見られたのは以下だった。

 

瀧本哲史『僕は君たちに武器を配りたい』

神田昌典『非常識な成功法則』

ケリー・マグゴニガル『スタンフォード自分を変える教室』

稲盛和夫『生き方』

松下幸之助『道を開く』

岡本太郎『自分の中に毒を持て』

岩瀬大輔『入社1年目の教科書』

ナポレオンヒル『思考は現実化する』

 

 

割と本屋で平積みされたり文庫化されている「ベストセラー」ばかりであり、本屋に行っている人であれば、順位の上下に関して異論はあるだろうが、ランキングに入っている本に異論はなかろうかと思う。

 

今あげたものが「20代が読むべき本」について書かれたブログの著者があげるランキングの平均だ。

 

さて、ここで終わってもいいのだが、ここからが本題だ。

興味がなければフェードアウトもらって構わない。

 

ズバリ「20代読むべき本」を読むことに関する注意点をここからは書いていく。

 

 

2.「20代で読むべき本」が孕む一つの危険性

実を言うと私はこれらの本の紹介を受けたわけではないが、ほぼ全て読んだことがある。

それほど、本を読み始めると出会う本なのだ。

 

 

20代で読むべき本」の鉄板と言って良い。

 

 

おそらく、いつものパターンを知っている読者諸氏は、これから私がこれらの著書を叩くことを期待されていたかもしれないので拍子抜けしているかもしれない。

 

 

今回はいつもと話が違うのだ。

 

むしろ、私はこれらの著作に敬意を払っているし、オススメしてもいいと思っている。

 

 

 

 

 

ただ、これらの本がもたらす危険性とリスクを知ったゆえに、それを伝える事なしに勧めることができないという話なのだ。

 

 

 

では、本題に入ろう。

20代読むべき本」の多くが持つ危険性やリスクとは何なのか?

 

 

それは一言で言えば、近代を契機として加速したある偏見に蝕まれているというところだ。

 

この偏見は何か?

 

それは、近代思想を開祖しそれの考えがほぼ全ての哲学者および起業家に影響を与えたデカルトが作り出した沼を説明しないと見えてこない。

f:id:zyunn14641:20161113212054j:plain

 

デカルトというと「我思うゆえに我あり」で有名な哲学者というイメージしかないかもしれない。

 

そういった意味で、デカルトの力はあまりに過小評価されていると私自身感じている。

 

 

しかし、繰り返しになるがあの言葉にこそ「20代で読むべき本」の著者たちの多くもはまり込んだ危険な沼が見えることに気づいてもらいたい。

 

 

あの言葉に集約された危険が想像以上にあらゆる場所に食い込んでいる。

 

 

この有名な言葉で押さえるべき解釈は2つだ。

  1. 「あらゆるものは疑いうる」
  2. 「何も信じられないけどそれを懐疑する自分だけは存在している」

 

これの詳細についてはアレントの以下の解説がわかりやすいので引用したい。

デカルトの哲学は二つの悪夢に取り憑かれている。・・・

 第一の悪夢では、人間生活のリアリティと同時に世界のリアリティが疑われている。感覚も共通感覚も理性も信じることができないならば、私たちがリアリティだと考えているものは、すべて、単なる夢にすぎないと考えても当然であろう。

 第二の夢は、一般的な人間の条件に関するものであって、それは、人間は自分の感覚と理性を信じることはできないという新しい発見によって、それは、人間は自分の感覚と理性を信じることはできないという新しい発見によって明らかにされたものである

ハンナアレント『人間の条件』

 

 

確かに、「懐疑」は近代がもたらした経済的繁栄の主要な推進力なのは事実だ。

それを言語化したデカルトは偉大である。

 

 

だが、同時に人間を闇に陥れたという事も間違いない。

 

現代における無世界性・・の拡大、人間と人間の間にある、ありとあらゆる事柄の衰退は、砂漠の拡がりと言うこともできる。

ハンナアレント『政治の約束』

 

 

そこで闇の中での道標を人間たちは編み出すわけだが、それこそが「成功哲学」「自己啓発」「近代哲学」と名のついた外的標準なのはもういうまでもなかろう。

 

 

今回の「20代読むべき本」達ももちろんそこに含まれる。

 

しかし、人間は外的な標準がないと何も判断できない愚かな生き物なのだろうか。

これは偏見ではないだろうか?

人間に対する偏見は、標準が喪失されるとき、人間の判断力もまた無力化するのではないか?と疑問を呈する。しかし「判断力」はいかなる標準にも依拠するものではなく、聖化する人間の能力に関係を持ち、決して強制的なものではない

 標準に頼らないと人間は判断できないという偏見の裏にあるのは、近代世界で失調したのは世界ではなく、人間だという考え方である。今や不安の対象はもっぱら人間なのである。世界とその中で起こる破局は優れて人間的な出来事であり、現代の不幸の原因は、人間の行動と本性のうちにある、ということだ。行動主義や人間学、心理学が隆盛を極めるのもそうした理由に他ならない。

ハンナアレント『政治の約束』 

 

「成功哲学」「自己啓発」とは何なのか?がわかってきたのではなかろうか。

 

それは、「信仰対象」を失った誰かが作り出し、それに追いすがるように多くの人が群がる「外的標準」だ。

 

 

そしてその外的標準は例外なく「人間には生まれ持っての判断能力など何もない」という近代の偏見に徹底的に蝕まれ、人々を取り返しのつかない闇に放り込みうるのだ。

 

 

 

3.「自分を変えなくては」だけでいいのか?

冒頭に挙げたベストセラーはほとんどが「人には何か欠陥があるので変えなくては」という考えに蝕まれている。

 

 

ただ、検討すべきはそれだけなのか?

病は自らではなく、社会にあるのではないか?

 

 

 

それを考えなくていいのだろうか。

もちろんどちらか片方ではなく両者の検討と改善が必要であるとは思う。

 

 

しかし、現代は「自分が悪いので変えなくては」というふうにとかくバランスが寄りすぎなのだ。

 

 

もうこのことは100回は述べている。

 

 

砂漠化した世界に「適応」し、取り返しがつかなくなる人があまりに増えた。

 

 

私は宗教家と言われようが、「内なる良心」のような人間に生来的に備わる判断能力というものが存在することを疑わない。

 

アウグスティヌスにあって権威とは、もしわれわれが「習慣」・・を通じて常に罪の罠に陥ってしまうことがなければ、「内なる律法」・・、つまり「良心」に寄って実際に語りかけられるはずのことを、外部から命じるものであるに過ぎない。

ハンナアレント『アウグスティヌス愛の概念』

 

「人間には生まれ持って何も判断する能力がない」という命題が真だとすると、キリスト教、仏教、イスラム教の経典の初めの方に「人を殺めてはいけない」と出てくることに説明がつかないのだ。

 

 

とりあえず、あなたの周囲に読書家で勉強熱心の人がいたら『人間の条件』を勧めてあげてほしい。

 

 

おもしろき事なき世を面白く

 

Leave A Reply

*
*
* (公開されません)