私は高杉晋作

頭がおかしいと言う人が「頭がおかしい」

今の20代は会社の飲み会に行かないで欲しい理由ー死ぬことよりも恐ろしいー

約 7 分

私は「会社飲み会には方がいい」ということをあまりにも繰り返し繰り返し述べてきた。

 

おそらくブロガーの中でも屈指の「飲み会はいらない」論者だという自負がある。

 

www.shinsaku-takasugi.com

 

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私が主に「会社飲み会行かない方がいい」「会社飲み会はいらない」という時は、感情的に「うざい」といったものに終始することは避けている。

 

そのメカニズムを紐解きその危険性を解くところまでやらなければ、結局は多くの人が飲み会に行ってしまうからだ。

 

 

ちなみに私は会社飲み会行かない方がいいと一貫していう主張の核は一つだ。

 

 

全体主義運動に巻き込まれるから」である。

 

 

 

この危険性は繰り返し強調してもしすぎることはないと思っている。 

そこで、今日は、さらなる注意喚起も含めてこの全体主義運動の恐ろしさを別の角度から説いていきたい。

 

 

あらかじめその危険性のキーワードを言うと「思考停止」である。

飲み会にはこの思考停止を促す仕組みがある。

 

それを見ていきたい。

 

 

1.「会社の飲み会は仕事のうちだよ」の恐ろしさ

会社飲み会は仕事のうち」

 

 

この言葉をあなたは聞いたことがあるかもしれない。

仮に聞かなくても「行きたくもないのに行っている」場合、アプリオリにこの認識があると考えてほぼ間違いない。

 

 

 

ただ、この何気ない認識こそが「常識」では考慮にも値しない愚行を人々にさせることを私はあなたに伝えなくてはならない。

 

 

 

「仕事だ」という観念はあらゆる人間の生来の感情を破壊する。

慈悲の心、悲しみの心、そう言ったものは見事に消し去るのだ。

 

 

 

そして、この破壊行為をもって元来、サディストでもない人間を大幅に堕落させ、最終的にはいとも簡単に犯罪まがいの行動を行う愚人に変えてしまうのだ。

 

 

この「悪意なき愚行」というものは、人間という動物の恐ろしさを示している。

 

 

「仕事とはいえなんてことをさせられたんだ私は」

「なんでこんな光景を私はみせられるんだ」

 

と思ったことがある人はすでにいるのではないか?

 

 

その加害者でありながら感じる特有の被害者意識は紛れもなく「全体主義イデオロギーに組み込まれていることのサイン」だ。

 

してみると問題は、良心ではなく、正常な人間が肉体的苦痛を前にして感じる動物的な哀れみの方を圧殺することだったのだ。ヒムラー・・・の用いたトリックはまことに簡単で、おそらくまことに効果的だった。それは謂わばこの本能を一転させて自分自身に向かわせることだった。その結果<自分は人々に対してなんという恐ろしいことをしたことか!>と言う代わりに、殺害者たちはこう言うことができたわけである。自分は職務の遂行の過程でなんという凄まじいことを見せられることか、この任務は何と重く自分にのしかかってくることか! と。

ハンナ・アレントイェルサレムのアインヒマン 悪の陳腐さについての報告』

 

 

  • 新人なので一発芸をやる。
  • 裸踊りをする。
  • 先輩に注がれたビールをコールと共に一気に飲む。
  • 「盛り上げる」ために下世話な話をする。
  • これが「飲み会のルールだから」と言いながら嫌がる新人にセクハラをする。

個別的な事象を上げ始めるとキリはない。

なので、とにかくあなたは自分に一つだけ問いかけてくれれば構わない。

 

 

「常識」では考慮にも値しない愚行や犯罪行為を「仕事だから」という観念一つが持ち込まれただけでしてしまってはいないかと。

 

2.「先輩が〇〇といったからーする」の恐ろしさ

すでに述べてきた「仕事だから」という観念による行動の自動化を補強するものがある。

 

 

それが縦関係(先輩からのお言葉)だ。

 

正直、先ほどの、「仕事だから」にこの「先輩からのお言葉」が加わればもう取り返しはつかない。

 

 

「先輩の言葉は日本国憲法より重い」という2chのエッジのきいた某ランキング表がある。あれを私はギャグどころか事実だと賞賛している理由はまさにここにある。

 

将軍たちのうちの一人はニュールンベルクで「あなた方は尊敬すべき将軍たちなのに、どうして皆あのように盲目的な忠実さを持って人殺しに支え続けることができたのですか?」と訊かれて、「最高司令官を批判するのは兵士のすべきことではありません。それは歴史か天なる神のすることでしょう」と答えた。

ハンナ・アレントイェルサレムのアインヒマン 悪の陳腐さについての報告』

 

アインヒマンを含めたナチの党員は元をたどればそのほとんどがただの凡庸な人間であった。決して悪人ではなかった。

 

ただ、彼らは何百万人のユダヤ人殺しを遂行した。 

 

 

 

彼らを導いたものは何だったのかというと先ほどの「任務だから」に「上(ヒットラー)からのお言葉」をかぶせたものだった。

 

 

 

これは遠い過去の昔話なのだろうか。いやそうではない。

 

あなたも「先輩が言ったから」でとんでもない愚行をしたり、その伝統を受け継ぎ後輩にとんでもない愚行をやらせていないだろうか?

 

第二次大戦時のナツィ党員と同じ心理状態というほかない。

 

*ちなみにハンナアレントの記述によるとヒトラー及びヒムラーなどの指示に背いたからといってナチ党員が「処刑される」という事実は全くなかったと言われている。除隊となる程度だったことはアインヒマンも含めて多くのナチ党員がすでに知っていたのにこの殺戮は行われたというところにこの問題の怖さが見えてくる。

 

3.飲み会に行きたくない人間たちに伝えたいこと

 

我々は「悪意がある人」が「愚行をする」と思いがちだ。

しかし、それだけでは人間の愚行を処理しきれないものだ。

 

 

 

むしろ「善意が愚行につながる」時がこの世には往々にしてあることを知ってもらいたい。こちらの方が正直怖い。

 

 

 

そしてそれを導くのはもちろん「思考停止」である。

 

 

 その思考停止は、「仕事だから」という観念と「先輩からのお言葉」というものへの従属をもって達成される。

 

カントは以下のように述べる。

ほとんどの人間は、自然においてはすでに成年に達していて、他人の指導を求める年齢ではなくなっているというのに、死ぬまで他人の指示を仰ぎたいと思っているのである。また他方では厚かましくも他人の後見人と僭称したがる人々も跡を絶たない。その原因は人間の怠慢と臆病にある。というのも、未成年の状態にとどまっているのは、なんとも楽なことだからだ。

カント『啓蒙とは何か』

 

あなたは「何かに従う楽しさ」に甘えていないだろうか。

そして、あなたは飲み会に行けば行くほど「何かに従う楽しさ」から抜け出せなくなっていっていないだろうか。

 

 

これほどまでに私が注意喚起をしてもまだまだ声は届いていない。

 残念ながら今の日本は20代のうちに思考を放棄する人間で溢れている。

 

  • 「世の中はこういうものだ」
  • 「仕事して生きていくというのはこういうものだ」
  • 「嫌だけど上のいうことを聞くのが社会のルールだ」

 

 

その悟りは不適切だ。

 

 

あなたがカールヤスパースショーペンハウエルのような「物事を考えに考えぬいた人」の意見に従うならまだしも、ワタミで年中飲み歩いている人間の権威に従うのは愚者の極みである。

 

 

 

会社の飲み会とはもちろん単なる例だ。

ただ、こういった死よりも恐ろしい物語は世の中に山のようにある。

 

 

 

まずは、その飲み会に行かないことから始めて欲しい。

現代は病んでいる。 

 

 おもしろきことなき世を面白く

 

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