私は高杉晋作

頭がおかしいと言う人が「頭がおかしい」

世の中の不公平や不平等はなぜ起きるのかーそれに立ち向かう方法とはー

約 7 分

NHKの記事によると調査を始めて以来今回「所得格差」が最大を更新したという。

www3.nhk.or.jp

 

実際、小泉純一郎竹中平蔵政権以降は日本の国内の中で以下の声をよく聞くようになった。

 

「世の中は不平等」

「世の中は不公平」

「もっと金持ちから金を取れ」

 

 

こういった統計は世論を煽るための数字のマジックであることも多々あるので、実態については言論しない。

 

 

ただ、あることが一つ言えるのだ。

 

「人間が共同生活をする」この事実自体が不平等や不公平を必ず生むと。

 

 

逆に言えば、あらゆる文明から逃れ、完全に他者から独立すれば、「不平等」や「不公平」を感じることはない。

  

 

この一見極めて単純に見えて核心をついた論を述べたのが、天才ルソーである。

 

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今日は、ルソーの言葉をかりつつ「不平等」や「不公平」をキーワードに、そういったことを感じる社会の中で我々はどう生きて行くべきかを記した。

 

  1. 不平等や不公平とはなんなのか
  2. どうして人は不平等や不公平を感じるのか
  3. どうすれば不平等や不公平な社会を生き抜けるのか

 

1.不平等や不公平とはなんなのか

そもそも不平等とはなんなのか?

まずは、このイメージを共有したい。

 

これについてルソーは以下のように述べる。

 

私は人類には二種類の不平等があると考えている。一つは自然の不平等、または身体的な不平等と呼びたいものである。これは自然が定めたものであり、年齢、健康状態、体力、精神の質、魂の質の違いによって生まれる。もう一つは社会的または政治的な不平等と呼びたいものである。というのも、この不平等はある種の取り決めによって生まれるものであり、人々の同意によって確立されるか、少なくとも認可されるものだからである。この種の不平等は様々な特権から生まれるもので、一部の人々が他の人々を犠牲にして、この特権を巨樹する。例えば他の人々よりも豊かであるとか、尊敬されているとか、権力を持っているとか、何らかの方法で他の人々を服従させているとかである。

ルソー『人間不平等起源論』

 

 

ルソーは不平等として2種類あると述べた。

一つが、生まれつきの身体的・精神的なものに起因する格差。

もう一つが、人間が制度を設計していく中で生じた人為的な格差。

 

 

一般に世間が「不平等だ」という場合は、後者の方を盲目的に指すわけだが、ここに「完全なる平等」を達成する方法をルソーは明示している。

 

それは、野生人に人間が戻るというものだ。

 

 じゃあ解脱しましょう。

というのでは、いただけない。

 

 

そもそも言語を話す時点で、もう文明に囚われているので、戻りえない。

 

  

ルソーのこの論理を実行しようとすると一度死んで輪廻転生することを要求することになってしまう。

 

 

だから、私としてはいまいる現実でどうすればいいのかを考えていきたい。

 

 

 

 

ただ、その話に移る前に、人間がなぜ「不平等」「不公平」を感じるのかについて知る必要がある。

 

 

 

そもそも「不平等」「不公平」を感じなければ「不平等」「不公平」は存在しないからだ。

 

 

2.どうして人は不平等や不公平を感じるのか

それは結論から言うと、文明が生み出した種々のものに依存しすぎるようになったからである。

 

文明というのは法や道徳、文化も含めたものからスマホやらなんやらと物質的な豊かさまであらゆるものを含むと考えてもらって構わない。

 

 

 

とにかく、ここで言いたいのは、文明に依存する度合いを強めるに連れ、人間は弱体化してしまったという事である。

 

 

 

そして、弱くなることで、さらに制度などに依存するようになるというサイクルの上をぐるぐる走るようになったのだ。

 

ルソーの家畜が野生動物より弱いと述べる例が極めてわかりやすいの引用しておく。

 

馬でも猫でも牛でも驢馬でも、人間の家で飼われている個体よりも、森の中で暮らしている個体の方が背が高く、体格もたくましくも、元気で、力と勇気に満ちていることが多いものだ。それが家畜として飼われるようになると、これらの利点の半ばを失ってしまうのである。私たちがこれらの動物を大切にして、十分な栄養を与えようとすると、その配慮のために動物たちは退化してしまうかのようだ。

 これは人間についても言える事だ。群れて暮らす中で隷従している人間は弱く、臆病で、卑屈になってしまう。柔弱で女々しい暮らしぶりをしていると、体力も気力も萎えてしまうのだ。また森の中で生きる動物と家畜との違いよりも、野生人と家で暮らす文明人の違いの方が大きいことも指摘しておくべきだろう。

ルソー『人間不平等起源論』

 

 

群れて暮らすようになればなるほど弱くなるというのは動物だけでなく、人間もそうなるようだ。

 

  

だから原初の人間にとっては、裸で暮らすこと、住む家がないこと、私たちがどうしても必要だと考えているが、無用な様々なものが欠けていることは、それほど大きな不幸ではないし、生き続けるために特に大きな障害となることもないのである。

・・・

世界において野生人が知っている唯一の幸福は、食物と異性と休息に関わるものである。

ルソー『人間不平等起源論』

 

 

原初の人間であれば、絶対に「不公平」「不平等」と感じないのはおそらく盲目的な前提が皆無だからなのだろう。これが実はある意味では強者と言える。

 

 

 

 

野生人から抜け出したことを「進化」と我々は呼称するがそれほど欺瞞的な態度はないということをこの言葉は教えてくれる。

 

  

3.どうすれば不平等や不公平な社会を生き抜けるのか

最後にこの問いに対する私なりの答えを書いていきたい。

 

「不平等」や「不公平」を感じずに生きるにはどうするのがいいのか?

 

 

それは、自分の内に生きる時間を増やすということに尽きる。

 

 

自分の外で生きているから何かと比較をしてしまう傾向が強まる。

 

野生人と文明人の違いを作り出している根本的な原因は、まさにここにある。野生人は自らのうちで生きている。社会で生きる人間は、常に自らの外で生きており、他人の評価によってしか生きることがない。自分が生きているという感情を味わうことができるのは、いわば他人の判断のうちだけなのである。

ルソー『人間不平等起源論』

 

 

もちろん他人が気になるのは致し方ないところだ。

私も未開人ではないので、他者や社会を気にせざるをえない。

 

 

そういった「諦め」はありつつも、「自分の内に生きようとする努力」をするのとしないのとでは全く違うと個人的には思っている。

 

 

毎晩毎晩チェーン居酒屋で飲み歩いている人間などは完全に諦めている典型的な部類で「給料を上げろ!」「政治家はダメだ」「俺に社長をやらせろ」などとガタガタ言っているが、あれは自分が弱者であると宣言するようなもの。

 

動物としては退化している。

ああいう人間に関しては輪廻転生でもしなければ無理かもしれない。 

 

 

まあ奴らのことは放っておこう。

 

 

 

現代は、インターネットの発達などもあり、いたるところで他者との接触や社会との接触を求められている。

 

そういった世の中で、繰り返しになるが、自らその接触を意図的に断ち切れる人間だけが弱者から脱却できるのではないか?

 

 

文明の利器に頼れば頼るほど自分の力で立つことができなくなる。

 

 

おもしろき事なき世を面白く

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