私は高杉晋作

頭がおかしいと言う人が「頭がおかしい」

【ゲーテも納得】新・友達の作り方論

約 8 分

facebook LINEなどインターネットの普及で多くの人々が交友関係を増やすことが当たり前の時代となった。

 

  

世界中の人と友達になれるということは今まででは会うことができなかった素晴らしい友達に出会える可能性がある。

 

 

 

 

 

ただ、経済学の原則に則れば、「増えすぎたものの価値は急落する」というのが常である。

 

 

 

だから、「友達」と呼ばれるカテゴリイも例に漏れず、価値を急落させているように思われる。

 

 

増やすことが簡単ということは、逆に絞ることが求められてる。

 

 

 

 

こういった中で、我々は、「付き合うべき人間」と「付き合うべきでない人間」の精査を高速でする必要がある。

 

 

 

 

 

その精査を行うために、次の質問を相手に投げかけてほしいというのが私の提案だ。

 

 

 

 

 

「時間があるときに何をしていますか?」

 

 

 

という質問だ。

 

 

 

 

そのレスポンスに、「読書」という文言がなければ、その人間と付き合ってはいけないのだ。

 

 

 

 

 

理由は後述するとして、これは実に効率的な方法であることを示したい。

 

 

ここにniftyの週あたりの読書時間の調査がある。

 

 

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参照URL;http://chosa.nifty.com/hobby/chosa_report_A20140704/2/

 

このデータに基づけば、一週間でどれくらいを最低ラインとするかは難しいところであるが、仮に「1時間以下」の人間を「論外」というフィルターにかけた場合、だいたいあなたが出会う半分くらいの人間は「付き合うべきでない人間」と秒速で判断できる事になる。

 

 

 

 

 

 

 こういうことを書くと、

 

 

「本を読んだからといって頭がいいとは言えないだろう!」

「本を読んだからって偉いのか?」

「本を読んだからといって人生成功できるとは限らないだろう!」

 

 

 

 

とあなたいうかもしれない。

 

 

 

 

何か私の意図を勘違いしている。 

 

「本を読んでいる人間が全員素晴らしい」と言ってるのではない。

 

 

 

 

ただ、「本を読まない人」は今後付き合うべきかについて考慮にも値しないと述べている。

 

 

 

足切りだ。

 

 

 

 

 

では、本であれば何でもいいのか?というとそうでもない。

読む本は決まっている

 

 

 

 

 

もちろん古典(良書)である。

 

 

 

新しい本でもいいものはあるのかもしれないが、丸善やジュンク堂で山のようにある中から良書を見つけるのは至難の技だ。

 

 

 

 

 

 

だから、読書の時間がない人や何を読んでいいかわからない人ほど岩波文庫の古典を読む必要がある。

 

仮に週に15分であっても『ゲーテとの対話』を読まなくてはいけない。

 

 

 

 

 

なんでこんなにジジイのようなことを言うのか?

 

 

 

それは、以下の3つが「古典を読まない人間」に当てはまるからだ。

 

  1. 過去から学ぶことなどないという傲慢さ(思考が狭い)
  2. 思考を停止し、隷従する生き方への没入(思考が狭い)
  3. 世の中にある価値観の盲信(思考が狭い)

 

今日はこの3つの項目について思うところを述べたい。

 

 

 

 

1.過去から学ぶことなどないという傲慢さ

あなたは否定するかもしれないが、古典を読まない時点で「現代に生きているという理由だけで私はすごい」という傲慢さに毒されている。

 

 

 

同様のことを小林秀雄が述べているので引用したい。

 

ただ単に現代に生まれたという理由で、誰も彼もが、殆ど意味のない優越感を抱いて、過去を見はるかしております。

単にもう死んでしまった人々であるという理由で、彼らにはもはや努力して理解しなければならぬ様な謎はないのだ。彼らの価値には、歴史の限界が明らかだからだと言います。

『考えるヒント3』

 

 

 

この進歩史観に毒された人間とは必ず距離を取らなくてはならないのである。

なぜなら、過去を学ばないものが偉大な人物になることはありえないからだ。

 

 

 

オークショットは以下のように述べている。

要するに、ある独自の行動は決してその独自性から始まるわけではなく、常にイディオムないし活動の伝統からはじまるのである。

『政治における合理主義』

 

 

 

 

あらゆる「独自性」は必ず、伝統や歴史を背負っているのを知らないのだ。

 

 

 

ひとかどのものを作るためには、自分も一角のものになることが必要だ。*ダンテは偉大な人物だと思われている。しかし彼は、数百年の文化を背後にせおっているのだよ。

『ゲーテとの対話』

 

*代表作は『神曲』。イタリア史上最高の詩人とも言われる。彼の傑作『神曲』は古典の世界観(『聖書』など)がふんだんに用いられている。

 

 

 古典を学ぶ人ほどあなたに利益を多大にもたらすであろう。

 

 

 

 

 

2.思考を停止し、隷従する生き方への没入

古典を読まない人間というのは、「考えることを面倒」と考える何か別物の生き物である。

 

 

 

あれほど人類の叡智が詰まったものを嫌悪するのだから、相当考えることが嫌いなのであろう。

 

 

 

 

 

 

彼らは早々に思考停止を試み「隷従すること」でもって自らを「幸福である」とする。 

 

 

ニーチェは言う。

 

私の幸福は何だろう!それは貧弱であり、不潔であり、惨めな安逸であるに過ぎない。私の幸福は、人間の存在そのものを肯定し、是認するものとならねばならない。・・・」

 

だれもが平等だし、また平等であることを望んでいる。それに同感できない者は、みずからすすんで精神病院にはいる。

 

『ツァラトゥストラかく語りき』

 

 

あなたは精神病院に入ってもいいので、向上心を失った人間と一緒にいてはいけない。

 

 

 

 

 

 

ニーチェが述べる向上心を失った人間の例を示そう。

隷従を志し、安逸を追い求める人間とは以下のような人間である。

 

 

「俺は、大企業に入ったから勝ち組なんだ」

「平日の夜は、巨人の試合を見なくては」

「独立?無理無理。やめとけよ。調子に乗らない方がいいよ。」

 

 

 

 

こういった人間たちから学ぶことがあるかといえば、全くもってない。

 

 

 

 

おそらく、私が今書いたような人間たちは以下のような思考をしているのであろう。

 

 

「君がここにいるのは、謙虚さに欠け、自己鍛錬を欠いているからに他ならない。正気であるために支払うべき服従という行為を、君は断固拒否している。君は、精神異常者、たった一人の少数派となる道をえらんだのだ。・・」

『1984』

 

 

 ニーチェやジョージオーウェルを読んでいる人間はこういった全体主義的な堕落に陥る事はありえない事は明快である。

 

 

3.世の中の価値観を疑えない

 

マクドナルドのハンバーガーを片手にポケモンGOをする人間

「激安」「無料」に騙されて高い金をむしられる人間

毎日毎日飲み会で時間を償却することに違和感のない人間

 

 

 

上記の例に見られるような大衆という生き物たちは、世の中の価値観を疑う能力が致命的なまでに欠落している。

 

 

 

良いものを悪いというし、悪いものを良いものだといって飛びつく。

 

 

 

 

なぜ間違うのか?

 

彼ら・彼女らの行動規範が、多くの人がやっているかどうかだけだからである。

 

 

ショーペンハウエルは以下のように嘆いた。

 

大衆はものの考え方が、いかにも物分りが悪く凝り固まっていて、なかなか手に負えない代物である。

『知性について』

 

 

 

 

一方で、古典を普段から読んでいれば、こういった価値観に惑わされない。

なぜなら、普段から「本当に良いもの」を嗜んでいるからだ。

 

 

 

 

 

例えていうならば、幼い頃から味覚教育を受けた人がマクドナルドを見て「これは行ってはいけないな」と無意識に考えられるようなものに近い。

 

 

 

 

 同様のことを小林秀雄が述べているので引用したい。

 

科学によって様々な事物の計量的性質が明らかにされていくにつれ、又、この事によって裏付けられた生活至便ないろいろな技術の発達を享楽し、そういう事物の性質を、客観的事実の名の下に過信する風潮は、深く人々の心に染み込んだ。誤解しないように願いたいが、私は、合理的知識自体をとやかく言うのではない。これの扱い方、これに対する態度、これに関して人々はどんな心理的通念を、知らず知らずのうちに育てているか、そちらの方を言うのである。

『考えるヒント3』

 

 

 

 

 揚げ足を取られると困るので、予防線を張っておくと、マクドナルドというのはわかりやすいからあげてみただけで、個々の事象についてとやかく言いたいのではない。

 

 

人々の世の中に流れる価値観に対する「向き合い方」や「態度」に問題意識を持っている。

 

 

 

4.終わりに 

古典を読まない思考が狭い人について本日は、述べてきた。

 

改めてその特徴を整理すると以下の3点になる。

 

  1. 過去から学ぶことなどないという傲慢さ(思考が狭い)
  2. 思考を停止し、隷従する生き方への没入(思考が狭い)
  3. 世の中にある価値観の盲信(思考が狭い)

 

 

 

思考が狭いということは、すぐに出てきた価値観に流されたり、醜悪な価値観を賛美してしまうということにつながる。

 

 

 

 

古典は「すきやばし二郎」であり、「帝国ホテルの高級ランチ」である。

 

それが、たった数百円で買えるとんでもなくありがたいものなのだ。

 

 

間違った人間関係

間違った集団

間違った友人

 

 

に身を委ねる事はあなたを停滞・堕落させるだけだ。

 

 

 

「まとも」な人間を目指すのであれば、自らがまず古典を読み精進すべきである。

そして、「まとも」な人間関係は、古典を読み、歴史に学ぶ人間から生み出すべきだ。

 

 

おもしろき事なき世を面白く 

 

 

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