私は高杉晋作

頭がおかしいと言う人が「頭がおかしい」

これが頭がおかしい人だ!

約 5 分

学校の卒業証書を受け取った途端「もう勉強しなくていい」と考え階段をいくつも下っていく人間で世の中は溢れている。

 

 

 

なんというか一言で言えば、20代にて「凡人として生きる決意」をしたのだろう。

 

 

 

しかし、何も学ばない人間というのがこれほど多いのはなぜかというのは興味深い。

 

今日は、3点から考えてみた。

 

 

1.大衆社会の加速度的進行

 

「大衆」というのは誰が定義した言葉かわからないが、オルテガの『大衆の反逆』で有名になった言葉である。

 

 

 

大衆というのは、「周囲と同じであることに悲しみを覚えるどころか喜びを見出す人たち」のことを言う。

 

 

 

以下オルテガの有名な一節である。

 

大衆とは、いい意味でも悪い意味でも、自分自身に特殊な価値を認めようとはせず、自分は「全ての人」と同じであると感じ、そのことに苦痛を覚えるどころか、他の人々と同一であると感ずることに喜びを見出しているすべての人のことである。

『大衆の反逆』 

 

 

 

 

 

これが「学ばない人の増加」と何が関係しているのか?

 

 

簡単にいえば、日本社会において大人になって「学ぶ人」は特殊なのである。

 

 

「なんだよまじめぶって」

 

 

 

となるわけだ。

ここで、私のように「お前のようにアタマが悪くなりたくないから学んでいるんだ」と言える人はそう多くない。

 

 

 

 

だから、「俺も飲み会行くか」「俺もスマホでゲームするか」「俺もテレビ見るか」という結果に帰結していく。

 

 

 

 

こういう決意というのは意識的ではないだろうが、「大衆の圧力」によりその退廃的行動に向かっていることは否定できまい。

 

 

 

 

 

ジョン・ミルは『自由論』の中で、「現代人は自分の好みよりも世間の習慣にしか目が行かなくなっている」と述べた。

 

 

 

 

 

「みんなと同じが良い」と考えることは、「学びの心」を喪失させ、人間としてどんどん下って行くのである。

 

 

 

 

 

 

ギュスターヴ・ル・ボンは集団に紛れることの危険性について以下のように述べた。

 

 

人間は群衆の一員となるという事実だけで、文明の段階を幾つも下ってしまう。

『群集心理』 

 

 

 

2.進歩主義の加速度的進行

 

昔の人が見たら驚くであろうが、電車の中、オフィスなどなど四六時中スマートフォンを触っている人であふれている。

 

 

 

 

 

 

彼ら・彼女らに学ぶ心は皆無であり、SNSやゲームにふけっているだけで大いに人生に満ち足りているように見える。

 

 

 

 

 

本当は、作られたプログラムの上であそばされているだけなのだが、あの媒体をもっているだけで、「私は偉いんだ」という現代人の傲慢さが伺えるのは私だけだろうか。

 

 

 

 

テクノロジーというのは人と人との距離を極めて縮めた。

数秒あれば、誰とでも直ぐに連絡が取れる。

 

 

 

 

しかし、どうだろう。

連絡を早く取れるようになったのに、古代人より時間を多く失っていないか?

 

 

 

 

 

 

また、Googleのようなすぐに情報が手に入るツールができたことで,「調べればすぐわかる」という「傲慢な人間」や「学ばない人間」が大量生産されたのではないか。

 

 

 

 

 

 

 

デジタル化は「すぐになんでもできる」という勘違いをもたらし、人々を退廃的にしただけなのである。

 

 

 

 

 

 

ゲーテは以下のように述べる。

 

三千年の歴史から学ぶことを知らないものは闇の中にいよ

 『ゲーテとの対話』

 

 

 

 

 

3.二重思考の加速度的進行

 

二重思考とは、ジョージ・オーウェルで有名になった言葉である。

 

 

この物語内での言葉を借りれば、二重思考とは「黒を白と信じこむ能力」かつ「その逆を信じていた事実を忘れる能力」である。

 

 

 

また、二重思考とは、「現実を改変」し、「二つの相矛盾する信念を心に同時に抱き、その両方を受け入れる能力」を言う。

 

 

 

 

 

 

二重思考の恐ろしいところは、他人に無理やり洗脳されるのではなく、自らの意識でもって認識の書き換えを行う点に有る。

 

 

取り返しがつかない人間になるということだ。 

 

 

 

 

 

「俺は生涯賃金の高い会社に入ったから勝ち組」

「年金はもらえる」

「飲み会に行かなきゃ出世できない」

「銀行に入れば安心」

「なんやかんやで国が守ってくれる」

 

 

 

 こういったものに一度は疑いを持った人間も、認識に修正をかけてしまう。

 

 

 

 

 

 

現在世の中の99.999%の人間が思考停止状態に入っており、極めて危機的状況である。

 

 

 

平安末期の貴族の成れの果てに似ているが、社会が不安定になればなるほど夢想に入るのは歴史が証明している。

 

 

 

 正気な人間ほど狂人扱いされるのが現代なのである。

 

 

 

 

書いていて思うのだが、「学ぶ」というのは不幸なのかもしれない。

 

なぜなら、真実を知ってしまうのだから。

 

 

 

 

 

だけど、その事実に気づかないふりをしつづけることのほうが私は不幸だと思っている。

 

 

 あなたはどちらを選ぶか。

 

 

 

おもしろきことなき世を面白く

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