私は高杉晋作

頭がおかしいと言う人が「頭がおかしい」

『嫌われる勇気』を読んだ9割が「好かれよう」と考える事態について

約 4 分

*最初に断っておくと、『嫌われる勇気』を中傷する内容ではない。わかり易い例として使った。

 

 

『嫌われる勇気』が話題になっている(た?)。

100万部を超えるということで、ミーハー読者にも受けたらしい。

 

 

 

 

 

 

本棚を見て『火花』と『嫌われる勇気』、あとは芸能人の本などが並んでいれば、基本的に、 その人は読書習慣が逆にないことを公言しているという本だったりする。

 

 

 

 

 

 

まあその話はおいておいて。

 

『嫌われる勇気』は、1年半くらい前に私も読んだが、アドラーだの何だのとあったが、要約すると「自由になるために嫌われよう」的な内容だったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ、現実問題、それを読もうが、あなたは「嫌われても良い」と思えていないというのが私の考えだ。

 

 

 

 

 

 

なぜなら、 

あなたは、四六時中LINEをして「コミュニケーション」をとってるし、

 

 

 

 

Facebookで友達を作るのに必死だし、いいねを押して「僕ら友達だよね」と確認をしあうからだ。

 

 

 

 

また、ランチに行きたくない人とランチに行くし、

 

 

 

結婚式に参加をしては時間を懸命に浪費している。

 

 

 

 他にも上げればきりがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

何が「嫌われよう」だ。

私は、そういうあなたが嫌いだ。すべて口だけ。

 

 

 

 

 

 

 

なんでそこまで「好かれたい」のだろう。

 

 

 

 

こういったことを考えるきっかけが今日電車の中であったのだ。

 

 

 

 

 

中学生らしき女子達が私の前で会話をしていたのだが、基本的に会話の内容が、「誰かが誰かを好き」か「誰かが誰かを嫌い」という2種類の話ばかりだった。

 

 

 

 

 

 

特に後者の重点が高い。

 

 

 

 

 

あなたも身に覚えがあるかと思うが、我々が「嫌われること」への恐怖を抱いた原体験も、おそらくこの中学時代だ。

 

 

 

 

理性の発達や自我の発達なども関係しているのだろう。

 

他者を意識するようになり、「ある人が友達かどうか」や「ある人が味方か」を四六時中考える年頃でもある。

 

 

 

 

 

結果として「目立たないが、全く影を消さない程度の存在」の人間が大量生産された。

 

 

 

 

 

 

この時埋め込まれた思考の癖は、大人になっても取り除けない。

 

 

 

 

 

 

『嫌われる勇気』を読んだところで、多くの人にとって相変わらず、「人に好かれる方法」を考える毎日が続く。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

結論から言うと、あなたは友達が多すぎるから不自由な生活を送っている。

 

 

 

 

 

 

 

だから、『嫌われる勇気』やその他類似するものを読んだ程度で取れるものではない。

 

 

 

 

 

ギュスターヴ・ル・ボン『群集心理』

ジョージ・オーウェル『1984』

フリードリッヒ・ニーチェ『道徳の彼岸』

オルテガ・イ・ガセット『大衆の反逆』

ジャン・ジャック・ルソー『社会契約論』

 

 

この辺の古典を30回読んで変わるかどうか微妙なラインだ。

 

 

 

 「よし嫌われよう」と頭のなかで思うだけの人間を卒業しなくてはいけない。

 

 

 

 

 

 

このブログでは、繰り返し言っているが、人間関係を精算しなくてはならない。

あなたは友達が多いから「好かれたい」とかどうでもいい鎖に縛られている。

 

 

 

 

 

 

もう一度言うと、『嫌われる勇気』を読む以上に、友達を減らせば良いのだ。

 

 

 

実に単純すぎるが、未だにこの事実に気づいていない人ばかりである。

もう中2病をやめたらどうか? 

 

 

 

 

 

 

おもしろき事なき世を面白く

 

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