私は高杉晋作

頭がおかしいと言う人が「頭がおかしい」

「修行編」なき人生は凡人への最短ルート

約 6 分

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王道バトル漫画やスポーツ漫画に欠かせないのが「修行編」だ。

スポーツ漫画の場合、「合宿」という形を取ることも有る。

 

 

 

 

 

 

 

正直言うと、漫画において、この「修行編」というのは概観した場合、盛り下がる位置にあると言っていい。

 

 

 

子どもは派手なアクションが好きなので、見るのをやめるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

だが、私は、この「修行編」を漫画の盛り上がりの序章として不可欠なものと見ている。

 

 

 

 

 

 

この盛り下がりがあったからこそ、頂点まで駆け抜ける展開が描けるのだ。

 ませてくると、こういう修行編のほうが哲学的で考察の対象となるものだ。

 

 

 

 

 

 

我々の人生においても同じことが言える。

「修行編」なくして、状況は好転しないということだ。

 

 

 

 

 

ナルトがYoutubeをみていたら螺旋丸を使えたはずもなく、悟空が原宿のパンケーキに並んでいて超サイヤ人3にはなれなかったのと同じである。

 

 

 

 

 

今日は、人生において「修行編」の設定をする重要性について考えてみた。

 

 

1.現状の閉塞感を感じることの重要性

アニメや漫画で「修行編」に突入するパターンというのは概ね決まっている。

 

 

 

今まで、「必殺技」だったものが通用しなくなったり、「強者」とよばれていたものが「雑魚」となるというものがその最たる例だ。

 

 

 

 

 

私の統計では、「BLEACH」「ONEPIECE」「NARUTO」「金色のガッシュベル!!」などの人気バトルマンガや「テニスの王子様」「アイシールド21」などのスポーツ漫画は、この2つを確実に抑えてきている。

 

 

 

 

 

 

 

ここで、漫画を紹介するのが趣旨ではないので本題に入って行くと、

 

1.自分が「必殺技」だと思っているもの賞味期限

 

 

 

2.「俺は雑魚」だと気づく瞬間の速度

 

 

 

がその後の修行編に突入するための条件であるとともに、その修業の成否さえもわける

 

 

 

 

 

 

 

自分が「必殺技」だと思っているものというのは、具体的に言うと「会社の看板」だったり、「平均年収」だったりする。

 

 

実際の実力は、その会社にいる間という仮のものなのだが、それに気づかない。

 

 

「〜銀行だから俺はすごい」とか「〜商事だから俺はすごい」と勘違いを続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

修行の必要性に感じた時は手遅れなのだ。

 

 

 

この気付きが遅いと何の役にも立たないことをしめす代表例が、「ベジータ」である。

 

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ベジータはエリートだ。大企業の看板を持っている状況と似ている。

 

 

 

 

しかし、「フリーザ編」「セル編」「魔人ブウ編」において彼は、何ら役に立つことはなかった。

 

彼の欠点は、「自分の弱さを見つめることが遅すぎること」だったのだ。

 

 

 

 

2.「凡人になることへの誘惑」を断つ方法

 

ナルトはLINEで生産性のない会話をすることで、螺旋丸が使えるようになったのか?

 

悟空は、「同期飲み」に参加したことで、超サイヤ人3になったのか?

 

 

 

 

違うでしょう。

 

 

 

 

 

 

話が飛ぶが、スマホというのは人間の生産性を妨げる最たるものだ。

 

 

 

 

 

 

なにやら「便利」らしいのだが、「コミュニケーションは大事」と叫ぶ精神病患者を加速度的に増加させた。

 

 

 

 

 

 

この「コミュニケーションは大事」という病は「修行編」への突入を妨げる。

 

 

 

 

 

 

なぜかというと「コミュニケーション」というのはその殆どが人々を「凡人化」する現象だからだ。

 

 

 

 

 

 

『マスタリー』には、こう書いてある。

 

 

 

 

 

我々人間は、生まれた段階で種を持っている。

しかし、それを育てられなくしてしまうエネルギーが有る。

 

 

 

 

 

 

「世間に従え」というエネルギーだ。

これが凡人に導いてしまう。

 

 

 

 

 

 

このエネルギーを断てるかどうかがすべてだ。

 

 

 

 

 

 

コミュニケーションを重ねれば重ねるほど、「世間に従え」という圧力がかかる

 

 

 

 

 

だからこそ、つきたくもない仕事についたり、20代後半で結婚したいと思ったり、30年で住宅ローンを組んで一軒家を建てなくてはいけないと思う人で世の中が溢れている。

 

 

 

 

 

 

 

この動画の最初の15秒ほどを見てほしい。 

 

 

www.youtube.com

 

 

この冒頭の発言に感銘を受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

「結婚しなきゃ」とか「一軒家をかわなきゃ」とか「大企業で働かなきゃ」というのはすべて通俗的である。

「世間の囁き」だ。 

 

 

 

 

 

 

孤独になれば、冷静に考えられる。

孤独になれば、自分と対話ができる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

集団に染まれば、賢者といえど、冷静な判断は下せないというのは前にも触れたが、このギュスターヴ・ル・ボンの名言は抑えておきたいところだ。

 

  

 

 

 

 

 

3.何のために修業をするか?

 

最後にそもそも論だが、

 

 

 

 

何のために修業をするかというのは大事だ。

 

 

 

 

 『マスタリー』は以下のように伝える。

 

 

 

 

 

人生でやるべきこと(ライフワーク)に時間をかけなくてはいけない。

 

 

 

 

 

 

 

このライフワークを知るには2つのステップが必要だ。

 

 

 

 

1つ目が、自分の好みや自分にしかない特性ともう一度繋がること。

 

 

 

 

 

時間を忘れて取り組めたことへの共通点を探したり、上手くいった経験に共通することを探すのだ。

 

 

 

 

 

 

 

2つ目が、それを基に今歩みだそうとしている進路についてもう一度考える。

 

 

 

 

今しようとしている行動は、それで良いのかということを疑うべきなのだ。

 

 

 

 

 

 

この内容に関して個人的には、1つ目がとても大切だと思う。

 

 

 

 

 

 

私の場合は、小学校から大学時代までどこに行っても「狂人」「頭がおかしい」「変人」「キチガイ」と言われていたことを思い出した。

 

 

 

 

 

 

なんとか「普通」であろうと試みたこともあったが、色々なきっかけがあり、この「キチガイさ」を大切にすることに決めた。

 

 

 

 

 

 

 

そして、その特徴が活かせることにも気づけた。

 他の人にはない特徴として今は強みだと思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ、モーツアルトアインシュタインゲーテニーチェなどの人達と比べて、まだまだ私は、修行が足りない。

 

 

 

彼らのストイックさは、尋常ではない。

 

 

 

 

 

 

偉人と自分を比べるというのは傲慢と思うかも知れないが、所詮同じ人間だと思っている。

 

 

 ただ、違うのは、「自分の才能を信じ、育てようとする力」への熱量だ。

 

 

 

 「やりたいこと」を大衆の抑圧で潰すのはあまりにもったいない。

 

 

 

おもしろきことなき世を面白く

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