私は高杉晋作

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私は高杉晋作

頭がおかしいと言う人が「頭がおかしい」

【コラム】20代男女が抱える最大の悩みに対する省察

20代の男性や女性が抱える最大の悩みとは何であろうか?

 

男だったら

  1. 薄毛
  2. 仕事
  3. 給与

 

女だったら

  1. 結婚
  2. 仕事
  3. 子育て

 

などが上がってくるかと思う。

 

ただ、私は思う。

20代の若者が抱える最大の悩みとは次のものではないかと。

  • 今のような大企業でレールの上を走る人生でいいんだろうか?
  • 本当に自分のしたいことって何だろう?
  • これからの人生どう生きればいいんだろう?

 

これらの悩みというのは畢竟するとこれだということが岡潔の以下の言葉に表れている。

 

人は随分いろいろなことを知っているように見えますが、いまの人間には、たいていのことは肯定する力も否定する力もないのです。一番知りたいことを、人は何も知らないのです。自分とは何かという問題が、決して分かっていません。

岡潔・小林秀雄『人間の建設』

 

そう。これは20代に限ったものではないかもしれないが、「自分とは何か」「自分はどう生きるべきか」という問いについて一番悩んでいるのだ。

 

 

 

 

 

今日は、「自分とは何か」ということを考えつつ、一方でこの思考をすることの危険性についても書いていきたい。

 

  1. 自分とはなぜ存在しているのか?
  2. 「自分はどう生きるべきか」をこじらせるとどうなるか?
  3. 20代の悩みはこれで解決できるのではないか?

 

1.自分とはなぜ存在しているのか?

これに対しては長きにわたって多くの哲学者が考えを続けてきた。

 

 

大きく分けると軸としては2種類に分かれる。

 

 

 

1つ目は、「神が作ったから」というものだ。 

キルケゴールやアウグスティヌスを始め多くの古典派の思想家が述べたものだ。

 

しかし、もし自分自身に従って、すなわち人間に従って生き、神に従って生きるのではないならば、まったく虚偽に従って生きるのである。これは、人間自身が虚偽だからなのではない。神は人間の創始者、創造主であって、決して虚偽の創始者、創造主なのではない。

アウグスティヌス『神の国』

 

 

 

 

神の定めた通り(アウグスティヌスは具体的には聖書を上げている)生きることが全ての人間の使命であり義務であるとするものだ。

 

 

ただ、この考え方をしている人は日本人に関して言うと、特に今の20代にはいないであろう。

 

だから、この話はこれくらいにしておく。

 

 

 

 

 

2つ目に移ろう。

 

2つ目は、「自分はどう生きるか」についてサルトルという思想家が述べた「実存主義」に該当する。概ね20代悩み多き人たちはこちらの考えに傾倒している。

 

 

 

 

小難しい言葉なので、以下の一文をまずは見て欲しい。

実存が本質に先立つとは、この場合何を意味するのか。それは人間はまず先に実存し、世界内で出会われ、世界内に不意に姿をあらわし、その後で定義されるものだということを意味するのである。

サルトル『実存主義とは何か』

 

 

 

 

要するに、人間は先に物体として存在していて、その後で色々定義されていくというものだ。

 

これは、「自分が選択し、生きた道は全て正解」という考えである

 

 

 

 

 

 

ではどちらが正しいのかということになるが、「わからない」というのが私の答えだ。

 どちらでも幸せな人はいるだろうし不幸な人もいるだろうからだ。

 

 

 

 

 

 

ただ、改めて、世の中的な話をするとどちらかというと「自分はなぜ存在しているのか」「なぜ生きているのか」については2つ目に意図せず寄りかかっている人が多い。

 

 

 

「人間はまず先に実存し、世界内で出会われ、世界内に不意に姿をあらわし、その後で定義されるものだ」

 

 

では、このサルトルが述べた「定義」を20代悩み多き若者はどういった「定義」をするのか?の話に移ろう。

 

 

2.「自分はどう生きるべきか」をこじらせるとどうなるか?

悩みに悩んだ20代の多くが実存論的に人生を正当化するにあたり、進む方向は私が2年ほど見物してきた結果3通りに分かれることがわかった。

 

 

この三つだ。

  1. 「拝金主義」に傾倒
  2. 「心理学」に傾倒
  3. 「青い鳥症候群」にはまり続ける

 

 

 

 

3つは全く別個に見えるが最終的には「この生き方は正解だった」という実存主義的正当化を含蓄している。(それ以外は自殺する)

 

 

それが本当かを順に見ていこう。

 

 

 

 

 

まず一つ目の「拝金主義」的生き方だが、これに走り始める20代だがこれは結構多い。

 

 

 

『金持ち父さん貧乏父さん』に憧れる人や神田昌典さん、本田直之さん、本田健さん、などを崇拝している人によく見られるパターンだ。

 

 

 

 

「もう綺麗事とか言っても仕方ない。とにかく金」というところにある時を境に振り切れた人間たちはあなたの周囲にも一人や二人いるだろう。

 

 

 

 

 

とにかく「本田直之さんみたいな金があってノマドライフするって、マジ憧れっす」みたいな若干ドン引きせざるをえない人たちに私も度々会ってきた。

 

 

 

 

 

今、否定的なコンテクストで書いているという印象を与えていると思うが、別に否定するつもりはない。

 

 

 

 

というのも、彼ら・彼女らはとにかく熱量がすごいのだ。

 

「不労所得月100万」

「3年後俺起業するから」

「今週10万円の神田昌典のセミナー行っちゃった」

 

 

 

 

私にはこういう考えがないので恐ろしいとは思うが、まあいいんじゃないくらいに思ってる。

 

死に際に「こういう生き方で正解だった」といかにも言ってそうだからだ。

 

 

 

 

次に二つ目の悩み多き20代が向かうのは「心理学」に傾倒するパターンだ。

これは「精神を変えれば自分の人生は上向く」という考え方にはまる人たちだ。

 

 

 

 

 

これに該当する人は、堀江貴文さん、千田拓哉さんを始めとした本を愛好する。

ドラッガーやスティーヴンコーヴィーみたいな習慣形成的な本や『嫌われる勇気』を始めとした心理学好きでもあったりする。

 

 

 

 

 

 

最終的にさっきにもあったような「起業するっしょ」に収斂するパターンもあるが、このグループの人たちは、どちらかというとずーーーーーーっとメンタル修行をし続けることを楽しんでいる人だ。

 

 

 

 

 

 

「手段の目的化」というと聞こえは悪いが、啓発し続けることができているのなら人生楽しくてしょうがないとおもうので私は否定しない。

 

 

 

 

 

 

最後は「青い鳥症候群」を結局一生やり続ける人たちだ。

転職を繰り返し続け「俺の居場所はここじゃない」と言い続けている人や急に中田英寿のように「自分探しの旅」を始めるなどをイメージしてもらえれば良い。

 

 

以下の記事が参考になるのでこのグループの人たちについては引用に委ねたい。

「自分の能力や素養への過信」が強い人ほど表れる傾向にあるといわれます。周りはそれほど認めていないのに、「本当の自分はこんなもんじゃない」と自己評価だけが異常に高いのです。そして一番の難点は、そのことに本人が気づいていないことです。だから、いつまでも現状に満足できず、「もっといい仕事、もっといい恋人」と理想を求めて続けてしまうというわけです。

こんな人は要注意!青い鳥症候群の特徴となりやすい人の傾向 - リクナビNEXTジャーナル

 

 

 

 

20代で新卒3年3割やめる時代なのだから、結構な割合でこの「青い鳥症候群」の人はいると思うのだ。

 

  • 俺はこんなことをする人生を歩むはずじゃないはずだ。
  • もっといい場所があるはず。
  • 周りの人より俺は優れているはずなのに。。。

 

あなたの周りにもいるだろう。

ちなみに悩みを抱え「青い鳥症候群」を経由したのち1つ目や2つ目に移住する人もかなりいる。

 

 

 

 

 

 

まあ3つともバラバラに見えるが、実は、「自分とは何か」を正当化もしくは定義付けしようと試みているという点で共通しているというのがわかっていただければいい。

 


3.20代の悩みはこれで解決できるのではないか?

では、いよいよこれら3つに共通する閉塞性と病状をしていきたい。

 

 

 

私の記事を読んでいただいている人には同じ繰りかえしで申し訳ないが、共通点は、「自分にすべて矢印を向ける生き方」という点である。

 

少し小難しくいえば、近代が生み出した偏見にどっぷりと浸かっているのだ。

 

 

 

 

わかりやすく言うと、「自分とは何か」「なぜ生きているのか」に対して自分の改変を通じてのみ行おうと試みるのだ。

 

しかし、それでもって本当に納得できるような地点に到達できるのだろうかというと非常に疑問を持っているのが私だ。

 

 

「じゃあお前は?」

 

となりそうなので、最後に私の考えを少し述べたい。

 

 

私の考えはというと、1つ目の「宗教的」と2つ目の「実存的」の考えが混ざっている。ただ、どちらとも言い難い。

*今から書く文章は2によっているように見えるが、ルーツを辿ると1に近くどちらとも言えない。

 

 

 

一言で言えば、20代悩みに対する解決方法は他者との対話を通して(意識的にであれ無意識的にであれ)「自分を発見すること」である。

 

アレントの以下の言葉を読んでいただきたい。

 

言葉と行為によって私たちは自分自身を人間世界の中に挿入する。そしてこの挿入は、第二の誕生に似ており、そこで私たちは自分のオリジナルな肉体的外形の赤裸々な事実を確証し、それを自分に引き受ける。この挿入は、労働のように必要によって強制されたものでもなく、仕事のように有用性によって促されたものでもない。それは、私たちが仲間に加わろうと思う歌人の存在によって刺激されたものである。とはいうものの、決して他人によって条件づけられているものではない。

ハンナアレント『人間の条件』

 

人間は、物理的な「誕生」の他にもう一度「誕生」のタイミングがあるとアレントは述べる。

それは、他者との「言葉」と「行為」によって人間世界の中に挿入するタイミングだとのことだ。

 

 

 

そして、これこそが「自分とは何か」が表出するタイミングなのだという。

 

 

ここで私が何を言いたいかはもうお分かりであろう。

「対話」こそ、自分の人生や生き方を定義付ける最上のものであると。

 

 

 

もちろん先ほども述べたように「対話」をする中で「自分とは何か」「自分は何のために生きているのか」を言語化できない人も多いであろう。

 

ただ、アレントはそれでも構わないと述べている。

 

 

人々は活動と言論において、自分が誰であるかを示し、そのユニークな人格的アイデンティティを積極的に明らかにし、こうして人間世界にその姿を表す。・・・確実なのは、他人にはこれほどはっきりと間違いなく現れる「正体」が、本人の眼にはまったく隠されたままになっているということである。

ハンナアレント『人間の条件』

 

 

ここで、よく誤解されるので断っておくと「対話」において安易な「共感」を求めることはあってはならない。

 

 

それはアイデンティティを消滅させる行為であるからだ。

 

 

 

 

「会社の飲み会」「友達との馴れ合い」「facebookのいいね」などはその典型だ。

アイデンティティを喪失するだけである。

 

 

20代悩みを解消していくには、そういったものとは異なり「自分が他者と異なる生き物であることを実感できる」言論空間に自ら飛び出していくのが良いのではないだろうか。

 

 

 

 

 おもしろきことなき世を面白く

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