私は高杉晋作

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私は高杉晋作

頭がおかしいと言う人が「頭がおかしい」

【これ以外いらない!】20代で絶対にやっておきたい1つのこと

20代やるべきこと20代やっておきたいこと

 

 

そういった本がどうも人気らしい。

特に「自己啓発」のジャンルで人気がある人たちがよくそういった本を書いている。

 

その内容というのは以下のようなものだ。

  • 成功者に会っておけ
  • いろいろな人脈を作っておけ
  • 積極的にいろいろなイベントに参加せよ
  • 海外に行け

 

これら自体を否定はしない。

 

 

ただ、それ以上に20代やっておきたいことはあると考えている。

 

 

 

それは一つしかない。

今日は、私が考える20代やっておきたいたった一つのことについて書いていきたい。

  1.  20代でやっておきたいたった一つのこと
  2. 20代で「知識をつけること」=「賢い」から卒業を
  3. 20代の若者が明日からでもできること

 

 

1.20代でやっておきたいたった一つのこと

今から述べることは宗教臭いと感じたりスピリチュアルな匂いがするかもしれない。

 

それゆえに「胡散臭い」と思うかもしれない。

だからこそ、私はできる限り引用をしつつ話を進めたいと思う。

 

 

まず、我々が生きている世界について私は述べなければならない。

 

 

今我々が生きている世界は、一言で言えばあらゆる普遍的価値が存在せず全ての人にとって信じられるものがないのだ。

 

我々は転倒した世界に生きている。その世界は、かつて常識であった事物の規則を遵守することによっては、我々の途を見出すことのできないような世界である。

 ハンナ・アレント『理解と政治』

 

 

そういった中で、我々(特に20代)には何が求められるのかというと「失った価値判断の能力」を取り戻すことなのだ。

 

 

 

この「失った価値判断能力」というのは、人間という動物が固有に持っている「善悪」や「美醜」を見分ける力だ。

 

我々の思考のカテゴリーと判断力の基準とを破滅させた或るものを理解しようとする我々の努力は、それほど的外れなものではないように思える。たとえ我々がそれでもって測るべき物指しと、その下に特殊なものを包摂すべき規則とを失ったとしても、開始することを本質とする存在は、・・・道徳性という一連の慣習的規則なしに判断するに足る素質を、自分自身の内に持つであろう。

ハンナ・アレント『理解と政治』

 

 

要するに、傲慢に聞こえるかもしれないが、自分自身が立法者となれということだ。

 

このことはアレントだけでなく、カントやエドマンドバーグなど多くの賢人が述べていることだ。

 

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 もし全人類に共通した感情の原理と同様、判断の何らかの原理がないとするならば、人生の通常の調和を維持するのに十分ないかなる支配も、おそらく人類の理性や情念に対してなされないであろう

エドマンドバーグ『崇高と美の観念の起源』

*ちなみにこのエドマンドバーグはフランス革命が起きた直後にナポレオンによる専制を予測していた天才である。(詳細は『フランス革命についての省察』にて)

 

 

 

ちなみにこういう話をすると「ソース出せ」「データは?」と聞いてくるバ◯がいるが、この価値判断の能力にロジックなど存在しないし不要である。

 

 

 

なぜかというと繰り返しになるが、人間として生まれれば全ての人が持っている能力だからだ。

 

 

おそらく、「ソースを出せ」と言っているタイプの人は、人間はアプリオーリ(生得的)には何もできないと考えているのであろう。

 

 

愚かである。

 

 

そういう人間というのは、普段サイエンティストぶって「ソース出せ」と中傷に勤しんでおきながら、その傍らで、毒の盛り付けであると「科学的に」証明されているコンビニ弁当やらマクドナルドを食べるのだからあいた口がふさがらない。

 

 

 ちょっと話が逸れてきたので、これくらいにしよう。

 

 その前にもう少しだけ寄り道をさせてほしい。

 

 

「生得的」能力を開花させる前にもう一つ言っておきたいことがあるのだ。それは現代の「賢い」に対する定義だ。これを勘違いし続けていると20代やっておきたいことが完遂できない。

 

 

2.20代で「知識をつけること」=「賢い」から卒業を

日本では、未だに学歴社会を筆頭としていたるところで「膨大な知識をつけること」が賢い指標である。

 

 

 

クイズ番組などで「インテリ芸人」などともてはやす風潮などを見てもそれは間違いないと私は考えている。

 

 

ただ、あなたは「高学歴のバカ」に出会ったことはないだろうか。

 

 

 

それも結構な高頻度でそのバカはいないだろうか?

 

 

 

あれはいわゆる「手のつけられない人間」と私が呼称しているタイプの人間だ。

逆なのである。

 

ソクラテスの「無知の知」という言葉は受験勉強で暗記しただけで意味を考えてもいないのであろう。

 

逆である。

学びを深める中で、この世界で取り付いたものをそぎ落としていく必要があるのだ。

 

無知において、ただし充実せられ獲得せられた無知においてのみ、私たちの存在意識の独特の源泉が存するのであります。

カールヤスパース『哲学入門』

 

 

知識は付ければつけるほど身動きが取れなくなるということに気づいていない。

 

 

しかし、皮肉にも彼らはもてはやされるので、気づくどころかさらにその方向へと突き進むんでしまう。

 

現代の「まっとう」とされる「賢い」の指標はおかしい。。。

 

3.20代の若者が明日からでもできること

さてそろそろペンを置きたい。

 

私が言わんとすることはもうお分かりかもしれない。

 

 

20代やっておきたいことというのは古典を読むことだ。

それ以外にない。

 

というより何か他にあるなら教えて欲しい。

 

 

 

こういうと、「みんなの味方」さんが反発するだろう。

 

「趣向は人それぞれ」

「何が好きかは人の自由」

「ソース出せ」

 

 

とよく言うのだ。そして私を叩くのが大好きだ。

 

 

 

 

ただ、冒頭に述べたように「良いか悪いか」「美しいか醜いか」を判断する能力は本当はアプリオーリに人間に備わっている。

 

 

それを古典を読むことで、再生しなくてはいけないのである。

 

 

古典の中の賢者だけが時代に迎合せず、常に正しく物事をとらえてきた。

(細かいところは批判の余地があるのであろうが、、、)

 

 

その思考のあり方を学ばなくてはいけない。

・・・・・・

 

 これらの賢人は何らかの形で繋がっている。

それが何かを徹底的に辿らなくてはいけないのだ。 

 

 

 

 

よく私のことを権威主義と叩く人がいる。

 

 

ただ、何と言われようとこれは事実だ。

というより、この権威主義であればむしろ素晴らしいことだ。

 

 

 

 

 もう一度言う。

 

20代やっておきたいことは古典を読むこと以外にない。

本当にそれだけである。

 

 

おもしろき事なき世を面白く

 

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