私は高杉晋作

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私は高杉晋作

頭がおかしいと言う人が「頭がおかしい」

【コラム】20代で「やりたいことが見つからない」人が今読むべき本

私の周りには「やりたいことがない」と言う人たちが多い。

 

 

なぜそういう言葉に引っかかるかというと多分私自身が結構やりたいことが明確かつ複数あるタイプだからかもしれない。

 

 

 

 

 

ただ、私のように「やりたいことがある人」の方が珍しくなりつつあるらしい。

調べてみたところ「やりたいことがない」人は結構増えてるみたいだ。

 

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ということで、「やりたいことのある」私が「やりたいことがない」と言っている人にいつも思ってることを3つ述べたい。その過程でオススメの本を少し紹介しようと思う。

 

 

  1. 関係ないことで時間を浪費しすぎではないか?
  2. 人の目を気にしすぎではないか?
  3. 学問が足りないのではないか?

 

 

*ちなみに私がアプリオリに「やりたいことをすべきだ」という命題に従っているのは、そのほうが成果もでるし、人生も楽しいんじゃないかなと思うからである。

 

 

 

1.関係ないことで時間を浪費しすぎではないか?

私は「やりたいことを見つけたい」と言っていながら「やりたいことがない」と言っている人にまず言いたいことが「関係ないことで時間を使いすぎではないか」ということである。

 

具体的な例を挙げると

 

スマホゲーム

SNS

飲み会

合コン

Youtube

テレビ

 

現代社会というのはあなたの時間を奪うもので溢れているが、それに意図も簡単に時間を明け渡しすぎだと私は思っている。

 

 そうやってふわふわしている間に「したいこと」が見つかるかといえばむしろ逆で見えなくなる。

 

 

 

気をつけなければすぐに一日が経ち一ヶ月が経ち一年が経つ。

 

そして老いた自分に嘆く余生を過ごすのだ。

 

 

セネカは言う。

われわれにはわずかな時間しかないのではなく、多くの時間を浪費するのである。

人間の生は、その全体を立派に活用すれば、十分に長く、偉大なことを完遂できるよう荷潤沢に与えられている。しかし、生が浪費と不注意によっていたずらに流れ、いかなる善きことにも費やされないとき、畢竟、われわれは必然性に強いられ、過ぎ行くと悟らなかった生がすでに過ぎ去ってしまったことに否応なく気づかされる。われわれの享ける生が短いのではなく、われわれ自身が生を短くするのであり、われわれは生に欠乏しているのではなく、生を蕩尽する、それが真相なのだ。

セネカ『生の短さについて』

 

 

我々には本来潤沢な時間がある。

 

だが、それを浪費してしまうためにいつの間にかもう何もできないほどに少ない時間しか残らなくなるとセネカは述べているのだ。  

 

 

 

 

もし「やりたいこと」を見つけたいのであればとりあえず土日の予定を0にしてみてはいかがか。

 

 

 

 

 

 「予定を埋めること=充実している」は間違いだ。

 

 

 

全ての予定を断り、セネカの『生の短さについて』を読んでほしい。

 

 

 

 時間を浪費している実感があるあなたにはまずセネカが必要だ。 

 

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https://www.amazon.co.jp/生の短さについて-他2篇-岩波文庫-セネカ/dp/4003360710/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1471436878&sr=8-1&keywords=セネカ

2.人の目を気にしすぎではないか?

「やりたいことが見つからない」と言っている人の中には、集団の中に埋没することで「凡俗に生きるべき」という考え方に毒されている人がいると私は考えている。

 

 

 

大衆というものは一切の多様性を認めない。

そして、全てが凡庸でなければ許せない生き物なのだ。あなたは今その波に飲まれようとしている。

 

・・・大衆はいまや、いっさいの非凡なるもの、傑出せるもの、個性的なるもの、特殊な才能を持った選ばれたものを席巻しつつ有る。すべての人と同じでない者、すべての人と同じ考えかたをしない者は締め出される危険にさらされているのである。ところがこの「すべての人」が真に「すべての人」でないことは明らかである。

オルテガ『大衆の反逆』

 

 

凡庸に生きたくないのであれば「締め出される」しかない。

 

 

 

 

「大企業やめるのはもったいない」という友人の声

「おいのもーぜ」という友人の声

「合コンしようぜ」という友人の声

 

 

こういった「凡俗への誘い」を断ち切ろう。

 

 

 

人というものは弱いもので、集団やコミュニティの中に埋没すると往々にして冷静に物事を考えられなくなるのだ。

 

 

 

 

 

群衆の一員になるという事実だけで元々優れた人間でも知性を劣化させてしまうのだ。

 

集団的精神の中に入り込めば、人々の知能、したがって彼らの個性は消え失せる。異質的なものが同質的なものの中に埋没してしまう。・・・

 

・・・人間は群衆地の一員となるという事実だけで、文明の段階を幾つも下ってしまうのである。それは、孤立していた時には、おそらく教養のある人であったろうが、群衆に加わると、本能的な人間、従って野蛮人とかしてしまうのだ。

ギュスターヴ・ル・ボン『群集心理』

 

 

 

 他者の目が気になり、必死になって徒党を組んでいるあなたにはオルテガととル・ボンが必要だ。やりたいことは群れの外で見つかる。

 

 

 

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3.学問が足りないのではないか?

  学校で卒業証書をもらった瞬間や受験勉強を終えた瞬間から「もう勉強はしなくていいんだ」と考える人が多い。

 

 

ただ、あなたが「やりたいことが見つからない」理由はそうして学問をやめてしまったからかもしれない。

 

 

あなたは、「やりたいこと」を日頃から考えているのかもしれないが、ただ頭をうんうん悩ませているだけで何か出てくるのだろうか?

 

 

 

 

それに関して言いたいのが、あなたは過去の人間を侮りすぎである。

 

ゲーテは言う。

この世界は、現在では、老年期に達していて、数千年このかたじつに多くの偉人達が生活し、色々と思索したのだから、いまさら新しいことなどそうざらに見つかるわけもないし、言えるわけもないよ。

プラトンレオナルド・ダ・ヴィンチや、その他沢山の卓越した人々が、個々の点では私より個々の点では私よりも前に、同じことを発見し、同じことを述べている。しかし、私も、またそれを発見し、再びそれを発表して、混迷した世界に真理の入っていく大口をつくろうと努力したこと、これが私の功績なのだよ。


エッカーマンゲーテとの対話』

 

 

 

ゲーテというあの巨匠が自らの内で新しいものを生み出すことはできないと言ったのだ。

 

 

 

我々のような一般人が過去から学ばずして、どうして偉大になれようか。

学問の重要性に気づいていない人には『ゲーテとの対話』が足りないと思われる。

 

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4.終わりに

「やりたいことがない」理由というのはいくつかあるかもしれないが、

 

時間の浪費をやめ、他者から距離をとり、学問をすれば何か見えてくるというのが私の見解である。 

 

 

参考になればと思う

 

おもしろき事なきよを面白く