私は高杉晋作

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私は高杉晋作

頭がおかしいと言う人が「頭がおかしい」

都知事選の候補者選びに関する考察〜政治はどうみるべきなのか〜

有楽町を歩いていると都知事選の演説が毎週のように行われていることを目撃する。

 

 

そして、多くの人だかりができていた。

小池百合子

増田寛也

 

 

 

 

ただ、演説者の言葉やそれを取り囲む人間たちから知性を感じないのは私だけだろうか?

 

  

政治を人気投票に陥れた我々は今その物事の見方を改める必要があると思う。

 

 

 

冷静に政治を見るために今日は、昨今の政治の危険性について書いてみた。

 

 

 

1.「わかりやすい」政治の危険性

まず一つ言いたいのが、「わかりやすい政治」は政治の自殺であるということである。

 

具体的に挙げると

 

「霞ヶ関をぶっつぶします」

「郵政民営化をやるかやらないかだけで決めて下さい」

「自民党に権力を集中させたくなければ、民進党に!」

「選択肢は二つしかありません。大阪都構想をやるかやらずに大阪が沈んでいくかです。」

「私が都知事になって最初にやることは議会を解散することです」

 

 

 

 

これらは、実にわかりやすいが、こんなもので投票行為をしていいのだろうか?

 

 

 

 

 

既に幾つか例を上げたが、与党と野党が共に訴求しているものの1つが、この「わかりやすさ」 である。

 

 

 

ただこれを訴求するほど政治としての堕落していく。

 

 

 

 

 

なぜ、「わかりやすい政治」を私が危険とみなすのか?

 

 

 

それは、大衆は熱しやすく、あまりに簡単に誤った人間や誤った事柄に飛びついてしまうからだ。

 

 

 

 

 

リアリティを欠いていようが、人々に不利益をもたらそうがお構いなしだ。

実に怖ろしい。そしてすぐに忘れて同じことを繰り返す。

 

 

 

 

ジョージ・オーウェルは以下のように述べる。

 

どれほど現実をないがしろにしようが、かれらにならそれを受け入れさせることができるのだ。

 

かれらは自分たちがどれほどひどい理不尽なことを要求されているかを十分に理解せず、また、現実に何が起こっているかに気づくほど社会の出来事に強い関心を持ってもいないからだ。

 

理解力を欠いていることによって、彼らは、正気でいられる。  

 

 『1984』

  

 

 

「郵政民営化やります」「大阪都構想やります」「議会解散します」

 

これらに対して「わかりやすくて良い」とyesを下す人々は理不尽な要求をされていようと気づかないのであろう。

 

 

 

まさに「理解力を欠いていることによって正気でいられる」ようだ。

 

 

2.「新しい」政治の危険性

「改革」という言葉が好きだった政治家を上げてみてほしい。

 

小泉純一郎

橋下徹

安倍晋三

舛添要一

鳩山由紀夫

 

 

彼らは大いに民衆からの支持を受けた。

だが、彼らは、何を改革したのだろう?

 

 

私には正直わからない。

おそらく変わったこともあるであろう。

 

 

 

ただ、1人でなにか大きく日本をかえられた人物がいただろうか?

むしろ日本を暗い方向に導いた人間のほうが多くなかったか? 

 

 

 

 ここから言えることは一つだ。

 

彼らが「わかりやすさ」とともに訴求している「新規性」や「革新性」に耳を貸してはならない。

 

 

 

 

 

我々は、保守にたいしてもっと耳をかさなくてはならない。

 

 

 

 

この「変革」にはリスクがあるのではないか?と訴えかける保守は必ずいる。 

 

 

冷静な態度が我々には求められる。

 

 

 

 オークショットは以下のように述べる。

変革による利益と損失は、後者が確実に生ずるものであるのに対し、前者はその可能性があるにすぎない。

『保守的であるということ』

 

3.政治の見方

では、政治をどう見るのが適切なのか?

 

 

出発点として私が適切だと信じているのは、最高天の中にあるようなものではなく、現在かくあるようなものではなく、現在かくあるに至った我々自身であるので、そこから始めることにしよう。

『政治における合理主義』

 

 

 

 

言うまでもなく、政治を見る上で必要な姿勢とは、伝統や歴史を考慮することである。

 

なぜなら、いかに古いものが嫌いといえど、現存する伝統や歴史からのがれることは出来ないからだ。

 

 

 

 

新規性にとらわれすべてを荒廃させる人間を政治家にしてはならない。

 

あらゆる現実的行動やあらゆる独自の活動は既存の活動のイディオムの中で生じる。私が「活動のイディオム」という言葉で意味しているのは、状況に応じた行為の仕方に応じた行為の仕方に関する知識のことである。

『合理的行動』

 

 

 

 

  

 

まとめると、「早急な答えを出そうとする」せっかちな人間は政治家に向いていないということだ。

これは見る側の人間にも言える。せっかちな民衆は愚かなのだ。

 

 

 

せっかちではいけない。

政治にスピードは要らないのだ。

 

 

 

 

ここで誤解のないように補足しておく。

 

「保守的であること」は「変革しないこと」や「既得権益を守ること」を直接意味しない。 

 

 

そういった早急な二項対立の構築こそ、デマゴークにより埋め込まれた「誤った方程式」である。

 

 戦後の日本の大変化は保守党が担ってきたのだ。

 

 

 

 

 

「立ち止まり考える」そういった姿勢を構築した上で変化をしていかなければ、今後も日本はどんどん誤りを犯し続けるだろう。 

 

 

 

 

 

最後に福田恆存が述べた近代以降の日本の政治の問題点記したい。

 

人間は停止することができぬなどとたれがいふのか。そのやうなことばに耳傾けてはならない。・・・僕達の肉体は停止することが出来ない。が、精神はいつ、どこでも時間の外に停止することができる。

 

・・・いやそれは静止しうるのみならず、なにか大いなることをなさうとするばあひ、あるいは自己を変革するばあひ、かならず静止のひとときをもたなければならない。

 

 もし、僕達の近代史にもっとも根源的な弱点を指摘せよといふならば、それは明治以来現在に至るまで、ぼくたち日本人が静止の瞬間をもたなかつたこと・・・

 

 

『保守とは何か』

 

 

 

 

またテレビによく出るあの人が当選するのであろうか?

 明日が注目である。

 

おもしろきことなき世を面白く

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