私は高杉晋作

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私は高杉晋作

頭がおかしいと言う人が「頭がおかしい」

あなたが見ている「世界」は正しいか?

突然だが、理想主義(ロマン)と現実主義(リアリズム)の違いはわかるだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

小難しい話で申し訳ないが、これについて我々は深く考えなくてはいけないのだ。

 

 

 

 

 

辞書的な意味を見ていく。

 

 

 

 

ロマン主義は、主観的に、詩的情緒を直接的に表現する考え方

 

 

一方で、

 

 

現実主義は、現実性や理知的なものを重視し、写実的に物事を捉える考え方。

 

 

 

 

 

正反対の概念として我々一般には受け止めてるし、辞書にも対義語として記載されている。

 

 

 

 

 

しかし、本当にそうなのか?

我々は、「客観的」になどどいう幽体離脱的な物事の見方は可能なのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 何が言いたいかというと

「あなたが見ている現実は、理想を見ているのではないか?」ということなのだ。

 

それを今日は考えてみた。

 

 

 

1.我々は、1通りにしか物事を捉えることが出来ない

 

ということが私の結論だ。

 

 

 

主観的にも客観的にも一人の人間が述べられるかのように我々は思いがちである。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、柄谷行人氏『日本近代文学の起源』という著書には、こう書かれている。

 

 

 

我々は、何か「もの」を見ているのではなく、自己の中にある先見的な概念を見ているのである。

 

 

同様のことを小林秀雄を始めとした多くの哲学者も述べている。

 

 

 

 我々には1通りにしか世界は見えていない

 

 

 

 

 

わかり易い例を挙げると、私は、コンビニ弁当がどう考えても毒にしか見えない。

だが、世の中一般的に見れば、おいしい食べ物なのである。

 

 

 

 

 

 

「客観的」に添加物が大量に入っていることが見えていても見えていないという奇妙な現象が現に起こっているのだ。

 

 

 

 

 

 

 今書いた「客観的」や「大量」も結局は主観的なので、添加物で頭がおかしくなった人は、私に怒りをぶつけるかもしれない。

 

 

 

 

ただ、ここをいちいち定義していくとその定義の説明をした言葉の定義が必要になり、またその言葉を定義した言葉の定義が必要になるという無限連鎖がおこるので、そこにツッコミは遠慮いただきたい。

 

 

 

 

 

 

話を戻そう。

 

あのラベルを同じように見ていて買えるというのは私には考えられないのだが、彼らからすれば、私の考えは理解不能であろう。

 

 

 

 

 

 

話を戻すと「コンビニ弁当」という対象物を「毒」と「ごちそう」に分けるものは、間違いなく、我々の先見的な概念だ。

 

 

 

 

 

 

繰り返しになるが、 「あってほしい」という理想を我々は、常々見ている。

 私は「毒であってほしい」と思ってみているし、「ごちそうであってほしい」と思ってあなたは見ているはずだ。

 

 

 

 

 

 

 我々が恐れるべきは、自らの認識ではなかろうか?

 

 

 

  

 

2.その認識に不安はないか?

あなたは毎日何気なく生きている。

その毎日に何ら疑問を抱いていないかもしれない。

 

 

 

 

 

「友達」と飲み歩くこと

 

 

「じじい」と飲み歩くこと

 

 

電車内でLINEに夢中になること

 

 

スマホゲームにふけること

 

 

facebookで友達を作ろうと奔走すること

 

 

添加物が山盛りの食べ物を見て「おいしそう」と思うこと

 

 

土日を楽しみに働くこと

 

 

 

 

 

 あなたの「理想」がこの生き方なのなら今更我に返る必要もなかろう。

だが、「幻想」にいると思ったなら、その幻術をそろそろ解いては如何か?

 

 

 

 

 

 

これは、まさに私にも帰ってくるブーメラン的発言なのだが、そこを恐れず主張していきたい。

 

 

 

 

 

個人的には、3年ほど前に幻想を解いた(つもりだ)。 

  

 

  

 

 

3.なんでこんなこと書いてるの?

 

 

 同じ世界に生きているのに多くの人が平和ボケしているように見える。

悲観的な「事実」とされるものが山のように転がっているのに、人々はつかの間の幻想に浸っている。

 

 

 

 

 

 

 

そうはいっても私が、10年後に実は幻想にかかっていることに気づいた後、後悔する可能性もある。

 

 

「ちくしょーあのときfacebookで友達を作るのに命をかけていればよかった」

 

 

「正社員として65歳までぶら下がるべきだった」

 

 

 「コンビニ弁当をもっと食べるべきだった」

 

 

住宅ローンを30年で組んどけばよかった」

 

 

 

 

 

なんて日が来るかもしれない。

 

 

どちらが「幻想」にはまっているのか?

 

 

 

その博打はもう始まっているのだ。 

いつ決着が付くかわからないが、私とあなたでは、待っているロン牌が違うとだけは言っておく。

 

 

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今日も皆楽しそうだ。

実にめでたい。

 

 

 

 

おもしろきことなき世を面白く 

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