私は高杉晋作

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

私は高杉晋作

頭がおかしいと言う人が「頭がおかしい」

なぜ働きたくないのか?なぜ会社に行きたくないのか?

f:id:zyunn14641:20160214205103j:plain

 

 

あなたの体は今日も重い。

 

9時前に出社し、17時まで時計を気にしながら過ごす毎日をすごしているのかもしれない。 

 

東洋経済の記事を読むと未だに改善することもなく、新卒の3人に1人が3年以内にやめている。

toyokeizai.net

 

 

 

やめていない人であっても「如何に楽をするか」「如何にサボるか」を考えている人も多いだろう。

 

 

 

 

 

 

実際ファクトとして、働くのは金のためと割り切る人が若者の40%を超えると電通総研は調査結果を出している。

 

f:id:zyunn14641:20160702231001j:plain

 

 

これほどまでに「働きたくない」と人々が考えるのはなぜか?それが私の長きに渡る問いであった。

 

 

 

 

ただ、遂に、そのヒントをある書籍のうちに見つけた。

 

 

今日は、ハンナ・アレントの『人間の条件』という本から「なぜ働きたくないのか?」の核心に迫りたい。

 

 

 

 

1.「労働」を近代が選択したことから全ては始まった 

読者諸氏の「働きたくない」と思わせる理由の解剖には歴史上の一つの分岐点を見ることが肝要となってくる。

 

 

 

 

 

歴史の話で恐縮だが、近代が一つキーワードとなる。

 

 

ハンナ・アレントは以下のように述べる。

 

近代において労働が上位に立った理由は、まさに労働の「生産性」にあったからである。
『人間の条件』

 

 

 

理解を深めるために、チーズを例に取ってみよう。

 

 

 

産業革命までは、農家の人が牛を育て牛乳を取り発行させてチーズを作る一連の流れを一人でやっていた。

*アレントの分類では仕事 

 

 

しかし、近代になって、「生産性」を至上の価値とした結果、何十人何百人がその工程のそれぞれを担当し、大量のチーズを作り出すことに成功した。

 *アレントの分類では労働

 

 

 

これがものの豊かさに至上の価値を置く「近代イデオロギー」の正体である。 

 

 

 

 

 

これは、現代にも脈々と受け継がれており、スマホ、家電、家、車を会社ごとに分かれて作っているからこそ、「手頃な価格で」「優れたもの」を使用できている。

 

 

 

自動車を一人で一からつくろうとすると100年はかかるだろう。

 

 

 

 

 

 

ただ、近代イデオロギーはいい面ばかりではなかった。

 

「近代合理主義」には致命的な欠陥があった。

 

 

 

 

「それ以外のあらゆるものを捨て去る」という性格だ。

 

 

 

特に働く人の感情、例えば、「何かをつくった達成感」などである。 

 

 

 

 

詳細は本著に譲るとして、

ハンナ・アレントは「人間の条件」を労働・仕事・活動から分類したのだが、

 

 

 

 

近代以降、後者2つを滅ぼしにかかったことで、今のあなたの「働きたくない」は完成したということだ。

 

 

これが「働きたくない」が誕生した歴史である。

 

 

 

2.労働の害毒

 

ハンナ・アレントの分析では、労働の害毒とはこの一点に集約される。 

  • 「個人では何も残さないこと」

 

 

 

アレントは以下のように述べる。

 

 

労働に対する軽蔑は、もともと、必然から自由になるための猛烈な努力から生まれたものであり・・・・何も残さないような骨折り仕事にはとても堪えられないという労働に対する嫌悪感から生まれたものである。

『人間の条件』

 

 

 これはどういうことか?

 

 

 

実は、単純で「労働」というのは1人でなんら実質的な価値を生み出せないということだ。

 

 

 

 

この歯がゆさこそ、労働に対する虚無感に繋がる。

 

 

 

 

  

 

ただ、「生産性」を至上の価値とする近代イデオロギーは「人々の感情」など意に介さない。

 

 

  

 

 

受刑者に穴をほって埋める作業をずっとさせると精神崩壊するという有名な実験があるが、本質はこれと何ら変わりがない。

 

 

 

 

「分業」がすすんでいる巨大組織ほど自分がしたことで何かが生み出された感覚がなく、「働きたくない」につながる。

 

 

 

 

 

  

どうやら「達成感」と「効率」は反比例関係にあるようだ。

そして、近代は「効率」を選択してしまった

 

 

 

 

 

ちなみに、恐るべきことに、日本は諸外国に比べサラリーマンが高い。

これは、「労働」に従事する人が極めて多いことを意味する。

(だいたい85%くらい)

 

 

 

 もちろんすべての労働者が「労働」をしているとは限らない。

 

例外ももちろんある。

 

 

ただ、「歯車化」させられていることを否定できる人がどの程度いるのだろうか?

 

 

 

 

 

3.「労働者は奴隷」

 

読み解いていくと、ハンナ・アレントが「労働者は奴隷」といった理由が見えてきた。

 

 

 

 

 

個人差はあれ突き詰めると、労働者は「肉体を提供すること」以上の価値をもたらすことは期待されていないからだ。

 

殆どの人が、「何も生み出さない骨折り仕事」を強いられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

それは、ゴールドマンサックスで1億稼いでいる人もローソンのレジ打ちであっても同じだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「働く」ということの喜びは「歯車化」された後に、闇へと消え去った。 

 

 

 

  

 

何かここから「救い」の展開を書こうとしているのだが、正直思いつかない。

 

 

しいて言えば、歌手、文筆業、天才プログラマー、農業従事者などはハンナ・アレントの言う「仕事」をしているといえる。

 

 なぜなら、

 

 

構想→制作→完成

 

 

一連の流れに自分が関与しているからだ。

 

 

 

 

 

 

ただ、「仕事」は今の世の中にどれほどあるだろうか?

 

 

 

なぜなら、昔は「仕事」だったものを「労働」にどんどん置き換えてしまったからだ。 

 

あらゆるものがベルトコンベアー化され、アウトソーシングされたというのが今の世の中だ。 

 

 

 

 

だから、今の世の中に「仕事」とよべるものなど殆どない。

 

 

 

救いなき終わりで申し訳ない。

 

ただ、選択肢は3つある。

 

  • 「労働」にパッケージされている中で、例外的なものを探す
  • 「金のため」と割り切る。
  •   独立する。

 

 なにか考えるヒントになればと思う。

 

 

 

 

おもしろきことなき世をおもしろく

f:id:zyunn14641:20160328184250j:plain

 

www.amazon.co.jp