私は高杉晋作

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私は高杉晋作

頭がおかしいと言う人が「頭がおかしい」

凡人とは?

天は人の上に人を作らず

 

 

これは、福沢諭吉が『学問のすすめ』の冒頭で述べたものである。

ここだけを切り取ると、「神様は生まれた瞬間には人にランク付けを行っていない。人類皆平等」と解釈ができる。

 

 

 

しかし、この後を知らない人が多い。

少し引用したい。

 

 

 しかし、この人間の世界を見渡してみると、賢い人も愚かな人もいる。貧しい人も、金持ちもいる。また、社会的地位の高い人も、低い人もいる。こうした雲泥の差と呼ぶべき違いは、どうしてできるのだろうか。

 

 

 

 

これと似た疑問をわたしも持っていた。

凡人と天才(賢人)を分けるものは何なのか?

 

 

ジョン・ミルの『自由論』を参照して今日は考えてみた。

 

 

1.凡人とは何か?

 

ミルの言葉を借りれば、一言で言うことができる。

 

「現状のあるがままに心底満足し、世間の慣習と歩調を合わせることにしか目が行かない人」だ。

 

 

現代に当てはめるとどういう人か?

 

 

 

 

大学までを大手進学塾で費やし、一流大学、一流企業に入った段階で人生に勝ったと内心思っている人間。

 

 

平日は、激安居酒屋で飲み明かし、休日は同僚とゴルフしている人間。

 

 

定年退職まで務め上げて、老後は退職金と年金で悠々自適に過ごそうと考えている人間。

 

 

 

初めてのボーナスで軽自動車を買い、30歳までに結婚し、子どもを2人もうけ、30年の住宅ローンでマイホームを購入する人間。

 

 

 

 

誤解のないように言っておくとこれらの生き方を否定しているわけではない。

しかし、上記のような生き方は平凡であり、その人生を歩む人間を凡人だといえる。

 

 

 

 

なぜ平凡だと断言できるかというと、わたしも含めてだが、100人いれば、100人が知っている生き方だからである。

 

 

 

 

いわゆる「レールの上を歩く人生」なわけである。

 

人の人生にいちいち口出すなよ!

 

 

 

と言われそうだ。

ところがそうもいかないのだ。

 

 

 

この凡人というのは、社会にとって大きなマイナスをもたらしうるのだ。

 

 

2.凡人の害毒

 

さきほど、凡人の定義を「現状のあるがままに心底満足し、世間の慣習と歩調を合わせることにしか目が行かない人」と述べた。

 

 

 

 

彼ら・彼女らが引き起こす問題とは何か?

 

 

 

1つは、「社会の停滞」である。

向上心がない人間が集まるとこうなるのは予想できる。

 

 

 

 

 

 ここで詳しく言及したいのは二つ目である。

それは、凡人の生み出した慣習に脅威をもたらす「天才」や「賢人」を潰そうとすることである。

 

 

 

 

例えば、私が、終身雇用を前提とした「30年ローン」を組む人間を先が見えてない愚人と言ったとしよう。

 

 

「バカだろ。世の中の状況見て30年間払い続ける保障があるわけ無いじゃん」

 

 

 

そういうと、勢い余って私を殺そうとさえするかもしれない。

 

 

 

 

 

いわゆる瞬間湯沸器だ。

どちらが正しいかを理性を持って考えることすら出来ない猿なのだ。

 

 

 

 

まあ私もまだ命が惜しいので、本人の前で私はそんなことは言うつもりはない。

 

 

 

 

 

ただ、この例で何が言いたいかというと、「凡人は現状が変化するという事実を許容する能力がすこぶる低い」ということである。

 

 

 

つまり、凡人は、ある予想される事実に対して、それに対応しようとするのではなく、その事実をもたらしたものそのものを潰そうとするのだ。

 

 

KGBも驚きの内部統制と言える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここで、ミルの言葉が実に的を射ているので紹介したい。

 

 

現代をもっと特徴づける点がある。今日の大衆は、教会の高僧や国の高官の意見も、声高な指導者の意見も、あるいは書物すらも、参照しない。大衆の思想は、大衆と同類のひとびとが、大衆のためにつくりだしたものである。。。。(中略)

 

 

 

つまり、彼が言っているのは、凡人は凡人以外の意見に耳を傾けることはないということである。

 

 

 

 

具体的に言うと、「30年ローンはすばらしい」と思う人の意見しか聞けないのである。

 

 

 

 

 

 

そして、一方で、「天才」や「賢人」はその数の少なさゆえに、警戒され、「狂人」のレッテルを張られる

 

 

 

最悪の場合、排斥の運動へと繋がる。

 

 

ニーチェ、三島由紀夫、アインシュタイン、ルソー、尾崎豊

 

 

 

現代ではその才能を礼賛される人たちであるが、生きていたころは狂人と考えていた人も少なくなかったことはご存知か。

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あなたが「狂人」と言われているのならそれは「天才」と言い換えて聞けば良いと思う。

 

 

凡人のほうがよほど狂っている。

 

3.凡人から脱走する

 

凡人たちと同じ人生を歩むかどうかが人生をどう生きるかどうかに大きく関わってくることを紹介した。

 

 

 

レールの上を歩きたい人はレールの上を歩きたい人とともに過ごすことになるのであろう。

 

 

 

ところで、私はというとこのブログで「友達がいない」と連呼してきた。

バカにしている諸君も多いと思う。

 

 

 

 

ただ、『自由論』を読んでいてハッとした。

 

無意識のうちに、

 

 

「週末をイオンモールで過ごす人生」

 

「全身UNIQLOで小遣いは3万円の人生」

 

「給料日だけを生きがいに働く人生」

 

「60まで上司の嫌な言葉に耐え続ける人生」

 

「退職金をもらうために会社の奴隷となる人生」

 

 

こういったものから離れる才能があったのかもしれない。

 

 

 「私は天才」と言える能力もないが、「凡人」は嫌なのだ。

 

 

 

 

ミルの著書は今の日本人が一番読むべき作家かもしれない。

 

 

 

 

高度成長期の「人生成功モデル」が全国民に波及している現在の日本は精神疾患ではないか?

 

 

 

冷静になれば、「30年ローン」なんて組めない。

これこそ狂気の沙汰である。

 

 

 

しかし高度成長期に生み出した「30年ローン」を筆頭にした社会通念は多くの人々を縛っている。 

 

 

 

 

 

極めて、憂鬱な社会である。

最後に冒頭の福澤の「凡人と賢人」を分けるものは何か?の答えを一言で書いておく。

 

 

それはタイトルにもあるが「勉強しろ」ということだ。 

 

 

 

 

 

 

 

今日も私は岩波文庫を片手に流浪する。

お読みいただきありがとうございました。

 

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