私は高杉晋作

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私は高杉晋作

頭がおかしいと言う人が「頭がおかしい」

あなたの周りにいる生ける屍について

人はいつ死ぬのか?

 

 

 

 

 

 

最近私のなかで、よく考えることである。

というのも「肉体的」に死ぬことがイコール死ではないと最近思うからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたの周りにもいるのではないか?

精神の死んだものが。

 

 

 

 

 

具体的に例を挙げると

 

 

 

 

 

住宅ローンのために働く者

 

 

大企業というブランドにしがみつくために働く者

 

 

パチンコのために生きている者

 

 

SNSに投稿することが生きがいの者

 

 

 

 

 

まあ挙げるとキリがない。

今日は、世の中に巣食う「生ける屍」について考えてみたい。

 

 

 

 

 

 

 

1.「生ける屍」に共通すること

 

総じて共通するのは、「生きる本当の目的」を見失っているということである。

 

 

 

彼らは、自分の本心から来ている「生きる目的」とは異なる「目的」を無理矢理立てている。

 

 

 

 

 

住宅ローンを完済するために生まれた人間がいるのか?

 

 

子どもの笑顔を見るためだけに生まれてきた人間がいるのか?

 

 

 

 

 

 

 

若い時から「俺は住宅ローンを完済するために生まれてきた」や「子供の顔を見るために生まれてきた」なんて人がいたらまさに「狂気の沙汰」である。

 

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まあアカギと違って私が言及している「狂気の沙汰」は全く面白いものではない。

 

 結論から言えば、目的とは到底言えないのである。

 

 

 

 

ひとつ断っておくと、これは、「住宅ローンを組むこと」や「子どもと楽しい時間を過ごすこと」を否定しているわけではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

言葉にするのは、中々難しいが簡単にいえば、「生ける屍」が持っている「生きる目的」はほんとうの意味での、「生きる目的」ではないということである。

 

 

 

 

 

 

 

 

逆に言えば、もちろん例外もあると思うが、真に「生きる目的」を持つものは、商業的に創りだされた欲望を超越した生き方をしていると思う。

 

 

 

 

 

 

 

具体的には、「お金のために働かない労働」「自分の使命感に沿ったプライベートの過ごし方」などがあげられる。

 

 

 

 

 

 

 決して、残業代をかせぐことをよろこびとしないし、休日をネットサーフィンで潰すこともないのだ。

 

 

 

2.私が「生きる目的」にこだわる理由

 

そもそも、これを考え始めたきっかけは、ヴィクトール・フランクルの世界的名作『夜と霧』にある。

 

 

 

 

 

 

 

彼は、精神科医なのだが、戦時中ナチスの収容所で3年ほど過ごし、生き延びた人である。

 

 

 

 

 

 

 

当時、ナチスの収容所で生き残れた人は、は20人に1人と言われており、壮絶な環境だったようだ。

 

 

 

 

フランクルがその当時のことを記録した『夜と霧』によるとその生き残った人間達には共通点があったという。

 

 

 

 

 

それは、ズバリ「積極的に生きる意義」を見出している人たちであった。

 

 

 

 

 

 

 

強制収容所のなかで私の見たものは、・・・・・・。全く同じ状態の中に置かれて、退廃していく者もあれば、一方では、成人のように悟りを開いていくものもあった。

 

 

 

 

 

 

人間は、自分の存在価値を確信しているときは、どんな飢餓や拷問にも耐えていける

 

 

 

 

 

アウシュビッツという過酷な環境にいたフランクルの言葉だけにとても重い。

 補足すると、フランクルの言う「積極的意義」は「生きる目的」とほぼ同義である。

 

 

 

 

 

 

夜と霧』の描き出す世界は、収容所という非現実的な世界ともおもえるが、どうも現代の日本と通じるところがある気がするのである。

 

 

 

 

 

 

 

具体的な例を見たい。

 

 

 

 

 

 

例えば、住宅ローンのために働いているものは多くが、頭がハゲ散らかしているか、お腹が出ている。

 

 

 

 

また、SNSに投稿するために生きている人間は、風が吹けば飛んでいきそうな薄っぺらい人間ばかりである。

 

 

 

 

 

 

そして、 「息子の笑顔を見るのが生きがい」という男たちからは、完全に覇気が失われ熟年離婚を予見させる。

 

 

 

 

 

 

 

 

このような悲惨な事態を引き起こしている理由は、一言で言えば、彼らに人生を本気で行きている「凄み」が全く見えないからだ。

 

 

 

 

 

 

 

20代で死んでいるもの

30代で死んでいるもの

40代で死んでいるもの

 

 

 

とても多い。

 

 

 

私は、そのような人間になりたくない。

 

だから、「生きる目的」にこだわりたいというところにきた。

 

 

 

 

 

 

3.生ける屍を見抜け

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こんな風に、見た目がゾンビ化していれば良いのだが、そうもいかないのがノンフィクションの世界である。

 

 

 

 

「お金のために働く」

 

SNSに投稿するために活動する」

 

 「住宅ローンがあるので、自分の夢を諦める」

 

・ 

 

すべてを上げきることが出来ない。

個々人で見抜いていくしかないようである。

 

 

 「生ける屍」の恐ろしさは、その単体だけでなく、バイオハザード同様に、「生ける屍」を増やそうとするところにもある。

 

 

 

 

 

 

 

我々は、逃れなければならない。

その年齢が早くなくては、取り返しがつかないであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

生きる寿命が伸びても「30歳は昔の20歳ではない」ということを知るべきである。

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お読みいただきありがとうございました。

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