私は高杉晋作

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私は高杉晋作

頭がおかしいと言う人が「頭がおかしい」

自己啓発書より自己啓発できるおすすめの方法5〜あなたがかわれない理由〜

 

あなたが本屋にふらっと立ち寄った時のことを思い出してみてください。

 

 

 

 

 

入ってみると平積みにされている多くの「ビジネス書」や「自己啓発書」を見かけるかと思います。

 

 

 

 

 

次から次へと「どう生きるべきか」とか「どうすれば金持ちになるか」の方法がレクチャーされています。

 

 

 

 

 

 

 よしこれを読んで「俺も成功者に」と意気込んで買うかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、実際のところ、沢山読んでも「確かにわかるけど。。。。」というので終わっているのが率直なところではないでしょうか?

 

 

 

 

 

今回は、そうした人向けに、西洋式成功理論に基づく自己啓発とは異なるアプローチを考えてみました。

 

 

 

 

*佐伯啓思氏の『西田幾多郎』を参照

 

 

 

1.鶏が先か卵が先か

 

という言葉を聞いたことがあるかと思います。

 

 

 

 

元をたどるとどちらが始まりなの?ということを意味する比喩としてよく使われます。

 

 

 

 

ここで、テーマにしたいのは、

 

 

1.「私」が先にあって、様々な経験をしているのか?

 

2.  経験が先にあって、「私」がつくられているのか?

 

 

ということです。

 

 

 

 

 

 

 

いわゆるデカルトを筆頭に西洋哲学は前者の「私」があって、様々な経験をしているという立場をとっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、日本哲学の開祖ともいえる西田幾多郎は経験が先にあって、「私」があるという立場を取ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巷のビジネス書や自己啓発書などは往々にして、西洋の哲学に依拠しています。

 

 

 

 

 

 わたしは、西洋のビジネス書を否定するわけではありません。

 

 

 

 

 

 

 

ですが、西田式哲学を通じて、西洋哲学に基づくビジネス書をいくら読んでも、変わらない人が多い理由を垣間見ることが出来ました。

 

 

 

 

 

 

なぜそう思うかというのを簡単な例を使って示したいと思います。

 

例えば、「LINEは時間が無駄だからをやめなさい」とドラッガーが言っているとします。

 

 

 

 

 

 

そこで、あなたは「ふむふむなるほど」と思うかもしれません。

果たして、それを知識として脳みそに入れれば、あなたはLINEをやめれますか?

 

 

 

 

 

 

 

私は、周囲の人間を見ていて、答えはNOだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのメカニズムは、LINEが時間が無駄」という経験よりも「LINEで連絡取れるの便利」という経験や「LINEは楽しい」という経験が圧倒的に凌駕しているからです。

 

 

 

 

 

 知識を入れただけでは、人は変わらないというのが西田式のスタンスです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その「LINE優位の経験」が創りだした自己を変えるには、「LINEが時間の無駄ということが優位になる経験」が必要です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まとめると、ドラッガーやカーネギー、スティーブンコーヴィーなどの優れた書物を読んでもあなたの日常の「経験」を徹底的に分析することを後回しにして、変革などおこらないということです。

 

 

 

2.悲哀感があなたを強くする

 

西田幾多郎が生み出した日本式哲学は始まりからして西洋哲学と異なります。

 

 

 

 

 

 

 

佐伯氏は、西洋哲学とは「驚き」から始まるのに対し、西田式の哲学は「悲哀」から始まると述べます。

 

 

 

 

 

 

 

 

ここに人間としての変革のヒントが有ると思うのです。

先ほど経験が「私」を作ると述べました。

 

 

 

 

 

 

 

 

これに基づくと「悲哀」を感じる経験こそ、「私」の変革をスタートさせるきっかけになるのではないでしょうか?

 

 

 

 

 

 

悲哀というのは、簡単にいえば、「何となく悲しい」という気持ちです。

 

 

 

 

 

私自身「悲しい」や「辛い」と思った経験こそが自分を変えてくれたなと思います。

 

 

 

 

 

 

私が徹底的に叩く「飲み会」や「スマホ」もその例の一つで、経験していて「何となく悲しくなった」ことが断ち切れた最大の要因だった気がします。

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたも日常生活でしていて「なんとなく悲しい」という経験はありませんか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その悲哀こそが、あなたを変革する大きなきっかけでありむしろチャンスだと思うのです。

 

 

 

3.自己を一度「殺す」方法

 

西田式哲学では、絶対的な自己確立には、自らを一度殺す必要があると述べられています。

 

 

 

 

 

 

 

これは、かなり具体的に言えば、「LINEをやめ、Facebookで友達(笑)をつくることに命をかけることをやめ、そしてスマホをゴミ箱に入れます。その上で、友達(笑)の飲み会に行かないこと」で可能となります。

 

 

 

 

 

 

 

これくらいやれば、「友達」は「あいつは死んだのか?」と5年位したら思うかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、 現実問題として、10年後に「どちらが腹の出たプロ野球観戦が生きがいのオヤジ」になっているかというと、わたしの独断と偏見では「友達サイコー」と言っている人間たちです。

 

 

 

 

 

 

 

「またお前は、飲み会とSNSだたきか。ネタ切れか?」

 

 

 

 

 

 

いえ、ネタ切れではありません。

 

何回も言わないと行動に移す人が増えないから繰り返すのです。

 

 

*知らない人は読み飛ばして

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『NARUTO』を思い出してみて欲しいのです、ナルトとサスケをみて私は思ったのです。

 

 

 

 

「孤独になり、自らを一度殺し、絶対的な自己として生まれ変わる人ほど最強になる」ということに

 

 

 

 

 

 

 

サスケは、一貫して「断ち切ることで強くなれる」というスタンスです。

一方で、ナルトは「みんながいるから俺は強くなれた」というスタンスです。

 

 

 

 

 

 

 

私は、サスケのスタンスは一貫していて私は好きです。

ですが、さしずめ、ジャンプ王道派の読者諸君はナルト派でしょう。

 

 

 

 

 

 

しかし、ナルトはウソを付いているのです。

ナルトはみんなのおかげで強くなったのではありません。

 

 

 

 

 

彼は、「口寄せの術」、「螺旋丸」、「仙術」といった必殺技をすべて一人で会得してましたよね?

(もちろん教師らしきものはいたが)

 

 

 

 

結局サスケもナルトも一人になった時に強くなりました。

ナルト嘘つくなよ。

というのが私の『NARUTO』に対する分析です。

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西田幾多郎式の日本哲学は「散歩」から始まりました。

(京都に有名な散歩道がある)

 

 

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西洋式は、聞いたことがあると思いますが、ソクラテスを筆頭に「議論」から始まりました。

 

 

 

 

 

西洋式の自己啓発書やビジネス書に違和感を感じている人たちに、是非、西田式哲学を試みて欲しいのです。

 

 

 

 

 

 

一人で夢想し、あなたを縛る「経験」を紐解く活動を重ねよ。

 

そして、今のあなたを創りだした、無駄な経験を二度としてはいけない。

 

さすれば、絶対的自己に生まれ変わらん。 

 

 

 

 

 

 

 

 

およみいただきありがとうございました。

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