私は高杉晋作

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私は高杉晋作

頭がおかしいと言う人が「頭がおかしい」

ネットが表面化させた日本人の嫌な国民性

今日は、最近ネットを見ていて感じた私が嫌いな日本人の国民性3つについて書いてみました。

 

 

 

 

 

 

 

 

1.手のひらを返す国民性

 

本田圭佑香川真司イチロー松井秀喜

 

 

日本を代表するアスリートで誰もが知っているでしょう。

彼らは、それぞれのスポーツで歴代トップクラスの活躍をしている(た)選手かと思います。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、彼らもいつも賞賛されてきたわけではありません。

イチローもう無理だな」

「香川終わったわ」

 

 

 

 

 

 

 

という評論家ずらしたコメントがヤフーやSNSを通して、登場します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、彼らが再び活躍し始めた途端に手のひらを返すのです。

イチロー俺好きだわー」

「香川応援してます」

 

 

 

 

 

 

と言った具合に変わるのです。

日本には「二重人格者が多い」と考えても良いかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、現実的な話をすると、「日本人は常に成功していないと認めない国民性」があると思うのです。

 

 

 

 

 

 

あのとんでもない記録を出し続けるイチローでさえ少しスランプに入ったり、年齢が上がってくると「もうダメだろ」とか「引退したほうが良いんじゃない」という文言が目立ちます。

 

 

 

 

 

 

 

日本人は普段は「謙虚」といった国民性があるとされていますが、ネットという匿名の世界が出来てからは、とんでもなく偉そうな日本人が表面化しました。

 

 

 

 

 

 

 

ただ、当事者の立場に立ってみてください。

才能もあり、努力もしている人に「もっと努力しろ」とか「引退しろ」は「死ね」と言っているのと同じです。

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

2.自分を棚上げする国民性

 

「〜という政治家はダメだ。俺がやったほうが良いわ」

「今の巨人はダメすぎる。俺が監督やったほうが良い」

「上司がまじで終わってる。俺がやったほうがマシ」

 

 

 

 

こういう人たちが若者からオヤジ世代に至るまで最近とても多いと感じます。

もちろん昔からあったのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

しかし、今までは新橋の飲み屋でほそぼそと言っていたものがネットの発達でいたるところで可視化され始めています。

 

 

 

 

 

 

何が不愉快なのかをわかりやすく言うと、今まで家のトイレでうんこしてた奴が、野外でうんこし始めたので不快だということです。

 

 

 

 

 

家でうんこしてる分には、別にどんなに臭くても、苛立つことはありません。

しかしながら、それを外でばらまくと見た人が不愉快に感じます。

 

 

 

 

 

 

ネットを自分の家のトイレと勘違いしている人が多くて困るということですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

話がそれたのでもどします。

「なぜ、その立場にもたてない分際でそこまで偉そうになのか」という風に最近の偉そうなネットユーザーを見て思いませんか? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「PKを外せるのは、PKをけるだけの勇気を持った選手だけだ」

というモウリーニョの言葉を伝えてあげたいですね。

 

 

 

「まず行動」

 

この一言につきますね。

 

 

 

 

 

 

 

3.過去をとにかく美化する

 

人は歴史に学ばなければならない一方で、進歩を阻害する最大の要因が「過去の成功体験にしがみつくこと」とよく言われます。

 

 

 

 

 

 

 

これは、IBMをV字回復させたガースナーをはじめ多くの名経営者が言いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この「過去の成功体験にしがみつく」というのを日本人はとにかくしてしまうと感じます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

例として、おっさんになっても学生生活の話しをする人や過去の上手く言った仕事を何度も何度も話している人がよくいます。

 

 

「昔、俺は〜の契約をまとめた」

「学生時代俺は〜だった」

 「前の職場はよかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

聞かれたら話すのは良いと思うのですが、聞いてもないのに話す人がいますよね。

うんざりした経験をお持ちの人は多いでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話していて楽しい人というのは、未来志向で話せる人です。

過去の話をする人は総じてつまらない。 

 

 

 

話していてわくわくしないのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろん野球の練習をろくにせずに「プロ野球選手になる」みたいなのは論外で、それなりに努力している人が話す物語に限ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目線が「過去志向」の人は、名経営者の言葉に基づくと自らの進歩をストップさせています。

ただ、漫然とやってくる毎日をなんとなく過ごしていくことになるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

要するに、目線が「過去」によってきたらその時は「オヤジ」なのかも知れません。

 

 

 60歳でも若くいたいものです。 

 

 

 

 

 

4.まとめ

 

マキャベリは『君主論』のなかで言いました。

 

 

 

 

 

総じて、人間は、手にとって触れるよりも、目で見たことだけで判断してしまう。・・・・直に触れるのは、少数の人にしか許されないからだ。・・・・・大衆はつねに、外見だけを見て、また出来事の結果に酔って、判断してしまうものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

このメッセージに「人として優れた人になるにはどうすべきか」についてのメッセージが集約されています。

 

 

 

 

人の上に立つような優れた人物は、「結果」を出す一方で、その「過程」にも目を向けられるということです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、マキャベリの言葉は、他の項で述べたものとも絡みます。

「結果」というのは「過去」です。

 

 

 

 

 

大衆が「結果」を見るということは、人々は「過去」に目を向ける傾向が強い生き物なのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

そして、大衆というのは、君主に対して当事者意識など毛頭なく、「結果」という「恩恵」が来るのを指を加えて待っている人種を指すようです。 

 

 

 

 

 

わたしも含め受動的生き方から脱却しなければなりませんね。

 受動的かつ他力本願的生き方は決して人生を成功させないでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お読みいただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

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