私は高杉晋作

頭がおかしいと言う人が「頭がおかしい」

20代の若者が「美人は神を凌駕しうるか」真剣に考えてみた

約 7 分

 

会社で仕事に失敗した女性がいたとしましょう。

「ミスをしたのに逆に周囲を笑顔にする女性」がいれば、

「ミスをした瞬間裏でぶっ殺してえと言われる女性」がいます。

 

 

 

「何もしなくても」「失敗をしても」ある種類の女性に対する男の対応は、全く異なります。

 

 

なぜなのでしょうか?

答えはいうまでもなく「顔立ちが美しいか美しくないか」なのです。

たったこれだけで同じ生殖器をもった人間でありながら歩む人生が180°違うのです。

 

1911年に女性解放運動を初めた平塚らいてうはおそらく女性を開放さえすれば平等な社会ができるはずだと考えたのでしょう。しかし、彼女には大きな誤りがあったと思います。なにせ彼女は写真を見るとどちらかというと美人に属するためブスの気持ちがわからなかったのかもしれません。

 

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彼女の臨んだ女性の社会進出がすすんだ結果、不幸にも女性内での不平等化が進んでしまいました。

 

「いいがかりだ!!」

 

と言われそうですが、言いがかりではありません。

女性が社会に進出するということは、世の中に姿をみせる事になります。

必然的に顔たちが美しいものが利益を得て、ブスは追いやられます。

 

 

「美人かどうかなんてひとによって変わるだろう!!そんなの主観だ」

 

そんなことが欺瞞であることは井上章一氏の『美人論』において証明されています。

 

 

 

子どもにどちらの顔が綺麗ですか?
という質問のもと二枚ずつカードをみせていきます。
 
 
すると6歳の95%が同一のカードを選択するのです。
つまり、6歳にして、なんらかの「美人」の基準が確立されているということになります。
要は、デブ専とかブス専とかいるけどもそんなのは統計学的に言えば弾き値で例外を持ち込んでくるのは欺瞞にすぎないということです。


 

今回は、美人から日本の歴史を少し見ることで、如何にして「かわいいは正義」という風潮が固まったかを真剣に考えました。

参考にしたのは、井上章一氏の『美人論』(1995)です。

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1.女の顔なんてどうでも良かった時代

2.美人が神になった時代

3.美人でチヤホヤされてる奴に言いたいこと

 

 

 

1.女の顔なんてどうでも良かった時代

かわいいは正義」は今や普遍的方程式となりつつありますが、歴史的に見れば、美人天下はここ100年くらいです。

 

 

そもそも江戸時代より前に関して言うと「美人」と「ブス」という区分けがありませんでした。人間が分節(言葉により意味付けを行うこと)を実施する際には、その理由が必要となりますが、江戸時代はそれをする必要がありませんでした。

 

 

 

そもそも明治以前というのは、妻が夫と一緒に外を出歩くといったことなど殆ど無く、妻は家を守るということが当たり前でした。
 
 
これは妻への呼称を考えてみるとわかるかもしれません。「家内」や「奥様」という呼称は、こういった妻の役柄を象徴しており女性が家に控えていた名残をあらわす言葉でもあります。
 
 
 
つまり、人前に出ないので、女性の容姿なんかどうでもよかったのです。
家事や育児がちゃんとできることのほうが評価されたのです。
 
昔は、夜に電気もありませんので、昼間夫が稼ぎに出ていると仮定すると、はっきりと顔を見たことがない夫婦もいたと思います。
 
 
 
今の常識で考えると「ありえないこと」ばかりですが、「顔を評価する意味が無いので、美人かどうかなんてどうでも良かった」という論はある程度説得力があるのではないでしょうか?
 
 
 
 

2.美人が神になった時代

明治時代になってコペルニクス的転回ともいうべき大変革が社会におきました。

西洋のモノがたくさん入ってくるだけでなく、同時に価値観も大量に入ってきて、人の考えも大きく変わりました。

 

ここで、美人が台頭し始めます。例がいくつかあるのですが、文字数の関係上1つだけ紹介します。(良ければ『美人論』読んでみてください。)

 
 
美人台頭のきっかけを与えたのは西洋式の「学校制度」が構築されるようになってからと言われています。
現代の学校のルーツは1872年の学制でできたものです。
この「学校」の設立と美人がどう関係あるのかをご紹介いたします。
 
 
 
 
社会の資料集などを見ればわかると思いますが、昔は男女が互いを意識する年代で共学の学校はありませんでした。
*学制という法律では、小学3年から分けるという条項がありました。
 
 
 
これでは、男女の出会いがありません。しかし、御存知の通り、昔は男女の初婚年齢は、今よりもうんと早かったです。どうやって異性と出会ったのか?
 
 
 
それは「授業参観」です。
昔は、授業参観は親御さんが来るよりも、近所の地主などが来ることが多かったようです。
その目的はもちろん「授業を参観すること」ではなく、「近所の地主が嫁候補をかっさらうこと」だったのです。
当然は政略結婚ですから金持ちに言い寄られた女性は断りません。
 
 
 
そして、指名された女性は妻になるために学校をやめるのです。
*当時の女学生の中退率はかなり高かったようです。
 

**尾崎紅葉金色夜叉』、谷崎潤一郎痴人の愛』を筆頭に明治文学では「美人」以外なんの取り柄のない頭の悪そうな女性が金持ちの男と恋愛する話がよく出てきます。
当時の社会情勢を風刺しているのだと思います。
 
 
 
もちろん明治時代になっていますから金持ちは美人を好む考え方を持っています。
必然的に同年代は卒業までにどんどんブスばかりになっていきます。
 
 
 
 
 
 
この当時の卒業写真というのが井上氏によると悲惨で、「卒業面(ズラ)」というブスに対する呼称が出来たほどであったようです。
 
 
 
 
 
 
 
ブスはもちろん不遇の一生を送るのですが、実はブスにも取り柄があるとみなされていました。
ブスは学校を卒業するので「ブス=頭がいい」とみなされたのです。
 
 
 
しかし、現代に近づくに連れ「ブス=頭がいい」という救いの方程式も崩壊しました。
 
 
 
1985年の男女雇用機会均等法施行以降女性が大卒総合職に入りはじめまたあたりのことだと思われます。
 
 
ここらあたりから女性の大学進学率が高まり、ブスだけが行く場所ではなくなっていきました。
*「ミス慶応」「ミス青山」「ミス東大」なども1980年以降から徐々に女性アナウンサーの登竜門となるなど美人が大学に通うことを象徴するイベントも始まりました。
 
 
ブスに救いはなくなりました。
せいぜい「個性的な顔ですね」という褒め方??をされるくらいでしょうか?
 
 
 
客観的に見て「美人>男>ブス」の構図を否定できる人が現代にどれほどいるでしょうか?
 美人は神になったのです。
 
 

3.美人でチヤホヤされてる奴に言いたいこと

「〜ちゃんは可愛いからA社(有名企業)には入れたと思う」

 

 

 

というと「〜ちゃん」は

「私だって努力したのよ。見た目だけで得したみたいに言わないで!!」

とか

「美人かどうかでなんか就職なんか決まらないわよ!!」

とか言うのです。

 

 

かわいいは正義」の「正義」という言葉を調べてみると「正しい道理」と書かれています。

美しい顔立ちで生まれてくるだけで正しい「道」を勝手に作ることができるのです。

 「〜にいきたい」といえば、BMWで男が迎えに来てくれ、「〜が良い」といえば、「そうだよね〜良いよね。」と言ってくれます。

 

 

美人が歩くところこそが正しい道なのです。

 

 

 

孔子様も聞けばひっくり返りますね。

 

 

 

「女は顔じゃない」とブスを慰める美人という構図をみて心を傷めたことがある人も少なく無いでしょう。

一方で、ブスは悟ったように言うのです。「女は所詮顔」
 
 
 
 
 
 
「持つ者」と「持たざる者」の隔たりはいつになったら埋まるのでしょうか?
 
 
 
 
それを埋める草の根的提案として周りからチヤホヤされているあなたに言いたいのですが、「あなたはすでに1億円以上人生で得をしているので、ブスや男にもう少しやさしくしてくれ」ということです。
 
 
 
 
 この心がけが真の格差なき社会への実現へと繋がるのです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
でもやっぱ「かわいいは正義」 
神をも超える存在なり。
以上

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