私は高杉晋作

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私は高杉晋作

頭がおかしいと言う人が「頭がおかしい」

20代の若者が「飲み会に人生を振り回されていいのか」を真剣に考えてみた

もうすぐ年末ということで、あなたの周りでもこういうセリフが聞こえてくるかもしれません。

 

 

「部署で忘年会します」

「同期で忘年会します」

「部門で忘年会します」

 

 

サラリーマンというのは何回年を忘れれば気が済むのか?と思わないでしょうか

 

でも、新年会というのもこのペースで行われているようです。

というよりもマトリックス組織であれば様々な会社の枠で飲み会が開催されています。

 

 

私のようになるべく避けようとするものは、「あいつ付き合い悪いな」とか「みんな来てんだから来いよ」という言葉が上がっていると思います。

 

ただ最近飲み会信者の話を聞いていて思うのは「みんなといると人生楽しいぞ」という価値観が頭になぜか強烈に刷り込まれているのです。これは若者から50歳くらいのおっさんまでほとんどです。

 

 

こんなところに書いていいのかわからないですが私はいわゆる飲み会(だいたい4人以上で人が集まっての飲む会)と言われるものに参加して一度も楽しいと思ったことがないのです。

 

 

 

理由を簡単に言うと「流されて生きている人間がほとんど」「アルコールをいれて話したことなどなにも覚えていない」「一人でいることがどれほど生産的かを知った」といったことが挙げられます。

 

 

 

以前同様の内容で記事を書いた時多くの方に見ていただいたので、今回はまた別の角度から「飲み会」について考えてみました。

 

参考にしたのは、里中李生先生の著書です。

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1.「行きたくないのに行ってる奴」が一番迷惑

 

「今日部署の飲み会いきたくないなあ。でも行くしかないかあ」

「飲み会めんどくさいけど、行くしかないか。てか来ない奴なんなの」

 

 

 

 

 私自身一番腹が立つのが上記のような「行きたくないのに飲み会に行く奴」です。

というのもこの手の人種は、「飲み会が嫌いな人」と「飲み会が好きな人」双方にとって迷惑なのです。

 

 

 

しかしながらこの手の人種が少なくとも5割、多ければ8割くらいを飲み会で構成していると私は考えています。

 

私のような「飲み会が嫌いな人」は飲み会に行かないとこのグループに目の敵にされるでしょう。

 

 

「俺がいってんのに、なんであいつこねえんだよ。むかつくわ」

 

 

 

 

でもそれはお角違いです。

行かなければいいだけなのに自分の意志の弱さを人にぶつけてきているだけなのです。

 

 

不幸にもそういうメンバーが多すぎて傷の舐め合いをできてしまうから行動を変えようというふうな思考にはならないのです。

 

「飲み会行きたくねえわ」と互いに言いながら飲み会で座っているなんてこともあります。 

 

 

 

 

また、この手の人種は、「飲み会が好きな人」に取っても迷惑で、ホントは楽しんでもいない人と一緒にいるというのはとても不幸です。いい迷惑です。

 

 

それに加えて、楽しくもない飲み会がさも盛り上がっているかのように勘違いさせてしまい、面白くもない飲み会が再生産される原動力にもなっているのです。

 

 

 

 

 

 

 

この「飲み会が嫌いな人」と「飲み会が好きな人」 の間にいる「自分の意志で行動できない人」が自分で考えて行動してくれれば、すべてのひとにとってどれほど生きやすくなるだろうかと思わないでいられません。

 

 

 

 

 

 

 みんなのために一人一人が起ち上がってほしいのです!!

 ぶっちゃけあなた一人が行かなくても何も変わらないです。

 

 

 

 

 

 

 

2.「みんなといれば人生楽しいよ」という刷り込み

 

ただこのなぜか行ってしまう人はどういう人なのか?

私が思うに飲み会に行かないで一人になることに積極的な価値を見いだせていない人です。

 

 

背景には、「みんなといると人生楽しいよ」ということがいつの頃からか刷り込まれています。

 

 

 

 
「孤独」がそんなに悪いことなのでしょうか。
 
 
 
この著者は別著でも「一人でいることであなたの行動の生産性はとんでもなく上がる」ということを一貫して主張しています。
 
 
というのも人生というのは長くなく、しかもそのなかで精力的に活動できる期間というのはせいぜい60歳までだとしたら30〜40年くらいしかありません。そう考えると人生は短いです。
 
 
 
あなたには人生で何かしたいことがあるとします。
それはそう簡単に叶うものではないとします。
とてつもない努力が必要だとします。
 
 
 
 
 
 
 
その努力するべき貴重な時間を群れているだけで無駄に使っていいのですか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あなたの人生を決して変えることもない「飲み会」で人生を食いつくしていいのかを絶対に問いかけるべきです。
 
 
この刷り込みで時間を食い尽くす他の例としてLINEが挙げられます。
あのアプリは便利ですが、一方で四六時中だれかと時間を浪費させる害悪アプリでもあると考えています。
 
 
 
 
 
 ちょっと話がそれますが、、
私は、試しにラインを10ヶ月くらい前にやめてみました。
たしかに最初は寂しいと思いましたが、働きながらではありますが、その他の時間を自分がしたいことに全力で時間を投入できています。
 
 意外となくても生活できます。
 
 
 
 
 
人生を成功させたいとおもうなら、犠牲は必要という考え方を持つことが必要かもしれません。
 
 
 
 
加えてあなたが犠牲にしたくないと必死に守ろうとしているものは、そこまで価値のあるものではないかもしれません。
 
 
 
 
 
 ちなみにこの成功というのは別に金持ちになることを示しているのではなく、「大きな高揚感」を人生のある瞬間で感じられることだと私は考えています。(里中先生とはちがいますが、、、)
 
 
 
 
 
 
 
 
 私たちは、しばしば「つながり」、「友情」や「仲間」というのを美化しすぎます。
 
 
 
例えば、「1+1=3にも4にもなります。」みたいなことを学校で言われたことがあるかもしれません。
しかし、そういうこともあるけど、むしろ0.5いや0になることすらあると考えています。
 
 
 
 
こういうことは表立っていうと日本では叩かれます。
「友達は大事にしなさい」ということを幼い時からすりこまれてきていますからそうなるのも無理はありません。
 
 
 
 
 
 
ただ、会社でもプライベートでも無理に作ろうとした人間関係というのはそれっきりというのがほとんどで、必死こいて人とのつながりを増やしても何も残らないと思います。
 
 
 
 
 
 
 3.「飲み会」にはなにもない
 
あなたは、4000円〜8000円ほど払い3時間以上の時間を投資したとします。
その見返りは何かあったでしょうか?
 
 
これだけの時間とお金を投資しているのです。毎回何かなければ困るでしょう。
あなたは飲み会に行くことが普通だと思うあまり感覚が麻痺しています。
 
こんな莫大な投資に見合うリターンはあっても100回に1回あればいいほうでしょう。
 
 
 
居酒屋チェーン店も、アルコールが入ればみんな馬鹿になると考えているフシがあります。なぜなら明らかに劣悪な食べ物や安っぽい飲み物で割高な金をぶんどってくるからです。
 
 
しらふの時には、「2000円〜から飲み放題!!」とか書いて引き込んでおき、実際には6000円くらいふんだくってきます。
 
 
 
 
 
「少し冷静に」考えてみると飲み会から得られるものなど皆無じゃありませんか?
せいぜい手に入るのはその後に何の役にも立たない「薄っぺらい人間関係」くらいでしょう。
 
 
仮にそれが大事だと言いはるにしても、あなたが仕事ができなければ、助けるどころ見捨てられるだけです。
 
 
 
 
「お前が命をかけて生み出した勇気ある行動は、良くか、悪くか、たった今 
世界の運命を大きく変えた。」by シャンクス
 
 
 
よろしくお願いいたします。
 
 
お読みいただきありがとうございました。