私は高杉晋作

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私は高杉晋作

頭がおかしいと言う人が「頭がおかしい」

20代の若者が「友達がいないということ」について真剣に考えてみた

最初に

本稿は「友達がいて世渡りが上手な人」にこそ読んでいただきたいです。

 

 

 

 

 

 

古代哲学者キケローの著書に『友情について』(2004)というのがあります。これは友情について考察が行われている著書なのですが、驚くべきは2000年前から友情について考えた人がいたのです。

 

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http://www.amazon.co.jp/友情について-岩波文庫-キケロー/dp/400336113X/ref=sr_1_3?ie=UTF8&qid=1448177183&sr=8-3&keywords=キケローwww.amazon.co.jp

 

 

2000年の時を経て、何か答えは出たのか?

 

どうやら未だに何も解決していないようで、むしろ、その考察は困難を極めているといえます。

 

 

 

ただ、『友情について』のなかで印象的な一節があり、あらゆる物事には長短があるが、友情と言うものの価値について誰も疑うものはいないという事が書かれています。

 

 

 

 

今回はその「友達」がいないとはどういうことなのか考えてみました。

「友達」がいないとこういう思考ばかりしてしまいます。

 

主に小谷野敦の『友達がいないということ』(2011)という本を使いながら考えてみたいと思います。

 

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1.友達がいないということ

キケローの言うとおり「友達」がいないと本当に悲惨なのか考えてみます。

 

 

 

小谷野氏によると世の中には厳しい現実があり、それがいわゆる「本当の友達」かどうかは別にして、多くの友人を作ってうまく世渡りする人と、そうではなく、孤独にしかたなく生きている人がいるのだそうです。

 

 

 

 

友達がいない人というのは現実に私をふくめているのですが、どうにも友達がいる人にはその事実を理解していただけません。

これは、ドラマ、映画、小説、アニメといったフィクションのせいかもしれません。

 

 

例えば、「ひょんなことから」という言葉があります。使い方としては、「ひょんなことから知りあった2人」といった感じでしょうか。ドラマとかでよく聞きませんか?

 

 

 

 

しかし、現実にこんなことが起こるでしょうか??

こういったフィクションにおいてしばしば使われるひょんなことから」は生きている間にまず使わない言葉だと思います。

 

 フィクションというのは一人で展開されるものは皆無で急に主人公にたくさんの友人が出来ます。

 

僕は友達が少ない』という漫画がありますが、どうも友達が多いようで手にとって損をした記憶があります。このタイトルをつけてるフィクションですら主人公には友達が多いのです。

 

 

 

 

ただ現実には「友達」ができない人というのは、ずっと「友達」ができないのであり、ひょんなこから「友達」ができるなんてことは起こりえないのです。

 

 

 

 

「そのうちできるよ」と軽々しく言う「友達が多く世渡りが上手な人」にはその辺を知っていただきたいのです。

 

  

次項で述べますが、「友達がいない人」は「もてない人」以上に時として苦しみがあるのです。

 

 

 

 

 

 

2. 友達関係の片思いについて

前項を受けて「もてない人」と「友達がいない人」はどちらが悲惨かという泥仕合をこの項で少し続けます。

こうすることで、「友達がいない」ことがどれくらい悲惨かわかるかもしれません。

 

 

 

「もてない人」というのは、「彼女が出来ない」という悩みを打ち明ける友達がいます。一方で、「友達がいない人」は、「彼女が出来ない」という悩みを打ち明ける人もいません。

 

 

この悲惨さたるや少しは理解していただけたかもしれません。

この話と絡めてなのですが、実は「友達」にも片思いをしているパターンがあります。

女の子への片思いよりも結果は悲惨です。 

 

 

 

 

「そんなことあんの?」と思われるかもしれません。あるのです。

なぜなら「付き合ってください」という恋人成立の儀式はあるのに「友達になってください」という儀式はないからです。

*正確には、Facebookなどで「友達になってください」ともいえる儀式はあるのですが、それは破綻していることを後の例でしめします。

 

 

之はどういうことかというと「恋人」というのは「付き合ってください」という言葉でいることを確定させれますが、「友達」には正式な成立の儀式がないので、人間関係がうまく作れない人は、永遠の片想いをすることになるのです。

 

 

 

 極端な片思いの例を紹介いたします。

私の知り合いの「意識高い系東大生」に「俺は人間関係に命をかけている」とわけのわからない名言を残した人でFacebookで友達を5000人作った人がいます。

 

口癖は「人脈」、「つながり」、「コミット」、「コミュニティ」で、あなたの周りにも一人くらいいるかと思います。

 

 

 

 

さぞかし「友達」に恵まれている男なのだろうと私はずっと思っていたのですが、別の東大にいる知人いわく、卒業式の当日その彼は一人でいたようなのです。

 

Facebookで5000人「友達になってください」といって儀式をしたはずなのに一人でいざるを得なかったのです。

 

 

「友達がいない人」も悲惨だが「友達がたくさんいると思って片思いしている人」も悲惨だと思いませんか5000人に片思いというのは、、、、、

 

 

 

3.友達がたくさんいる世渡り上手な人にわかってほしいこと

ここまでの内容で、「友達」がいないことや「友達」に片思いする人が如何に悲惨なことかわかっていただけたと思います。

「恋人がいないこと」よりはるかに悲惨です。 

 

 

結論なのですが、「友達がいて世渡り上手な人」にはこういった「友達がいない人」もいるということをもっと知って欲しいということです。つまり、人間関係をうまく作れない人がいることを知ってほしいのです。

 

 

 

 

 

 

「なんで友達できないの?」

「なんで友達いないの?」

 

というのは、物理的な暴力以上に暴力的なので今後は使用をお控えください。

 

 

anatato1017.hatenablog.com